Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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青山霊園散策

11月26日付の記事で予告した通り、昨日、青山霊園に幕末・維新に活躍した人たちのお墓参りに行ってきました。

青山霊園に行く前に神宮外苑のいちょう並木を見に行ったら、いちょう祭りが開催中なためか、並木道は人出が多かったです。
でも、見事に黄葉したいちょう並木は確かに絵になる眺めでした。

青山霊園は以前、通り抜けたことがありますが(笑)、お墓参りのために行ったのは初めてです。
霊園の管理事務所で案内図をもらい、このブログで何度も紹介している「幕末歴史散歩 東京篇」(中公新書)の巻末の『東京掃苔録』(都内にお墓のある幕末維新人のリスト)と照らし合わせながら、お墓巡りをしました。

『東京掃苔録』によると青山霊園には140人以上の幕末維新人が眠っているそうですが、今日は以下の方々のお墓にお参りしました。(敬称略)

◇大鳥圭介
◇黒田清隆
◇澤太郎左衛門
◇大久保利通
◇デュ・ブスケ(明治以降も日本に残った、唯一のフランス軍事顧問団のメンバー)

名前をクリックすると別ウィンドウでお墓の画像が出てきます。

大鳥さん、黒田さん、澤さんのお墓は霊園の管理事務所の近くの区画にあります。

大鳥さんの墓所には、大鳥さんのお墓の他に最初の奥さん、次男(医学博士だそうです)のお墓があります。
話には聞いていましたが、奥さんのお墓は途中で折れていて補修されています。
アップした大鳥さんのお墓の画像では墓の陰に隠れて見えませんが、背後には某企業のビルがそびえています^^;(大久保利通の墓の画像には映ってしまいました)
「組!!」を見るまでは、大鳥さんは存在すら知りませんでしたが(汗)、今では興味のある幕末維新人の一人です。
大鳥さんは歳さんファンには評判がよろしくないそうですが、わたしは面白い人生を歩んだ人だと思います。(決してヘタレとは思ってません)

黒田さんの墓所はパリの公園で見かけるような鉄の柵で囲まれていました。(しかもささやかな門つき)
あるサイトで、黒田さんの墓の前に立つ、黒田家の現当主の方(黒田さんと釜さん@榎本武揚の曾孫)の写真を見たばかりだったので、関係者でないわたしが墓所に入っていいのかなと思いましたが、きれいな花束が供えられていたので、思い切って入ってみました。
黒田さんは、佐幕派なわたしが注目する唯一の薩摩人です。
釜さんをはじめとする箱館政府の幹部の助命をし、後々まで釜さんを頼りにしていたのがポイント高いです。(国立公文書館の『明治宰相列伝』展でも黒田さんに関する展示をじっくり見ました。)
いつかは、黒田さんの立像のある札幌にも行きたいです…と思いながら、墓前に手を合わせました。

澤さんのお墓の近くで猫に遭遇しました。ここ以外でも墓地のあちこちで猫を見かけました。
しばらく猫と戯れた後、澤さんの墓前に手を合わせました。
澤さんのお墓の近くにいた猫

わたしがお参りしたお墓の中で、澤さんのお墓が一番普通っぽい(一般人のお墓に近い)雰囲気でした。
こちらには澤太郎左衛門さんだけでなく、ご子孫の方も眠っていますが、澤さんのお子さんはクリスチャンだったそうです。墓石に十字が刻まれていたので、わかりました。
澤さんは開陽丸の艦長のイメージが強いです。
鳥羽・伏見の戦いの後、徳川慶喜は開陽丸に乗って江戸に逃げ帰りましたが(汗)、当時、開陽丸の副艦長だった澤さんは大樹公の命令に逆らえず、艦長の釜さんを大坂城に置き去りにして開陽丸を江戸に出航させたそうです。お気の毒な澤さん…

大久保利通の墓所の前に巨大な顕彰碑がそびえ立っていました。
幕末に興味を持ってから、歳さん&勇さんをはじめ、色々な人の顕彰碑を見てきましたが(ただし文章は読めません^^;)、これほどまで巨大なものを見たのは初めてです。
大久保利通の顕彰碑(多分)

お墓そのものも大きく、台座がなぜか亀の形をしています。また、豪徳寺の井伊直弼のお墓同様、東京都指定史跡です。
画像を見ていただければおわかりでしょうが、大鳥さん、黒田さん、澤さんのお墓には花が供えられていたのに、大久保利通の墓には花が全く供えられていませんでした。
9月に縁あって、品川神社の裏手にある板垣退助の墓にお参りした時に、秋の彼岸にもかかわらず、墓に花が供えられていないのを思い出さずにはいられませんでした。
もしかしたら、わたしが大鳥さん、黒田さん、澤さんのお墓参りをする前に、わたしと同じく箱館戦争に興味を持っている方が彼らのお墓参りをして、墓前に花を捧げたのかもしれません。

デュ・ブスケは先程も書いた通り、フランス軍事顧問団のメンバーで唯一、明治になってからも日本に残ったフランス軍人です。
彼は日本の陸軍の基礎作りに貢献し、日本人女性と結婚し、日本に骨を埋めました。
デュ・ブスケのお墓の正面には「佛人治部輔氏之墓」(←これでは「ジブスケ」^^;)、側面にはローマ数字でデュ・ブスケの生没年が刻まれています。
一緒に来日した上司や同僚が雇い主の徳川幕府の崩壊に伴って、日本を去ったり、ブリュネのように旧幕府軍と行動を共にする中で、デュ・ブスケだけが軍事顧問団の本来の役割を果たしたように思えます。

本当はもう少しお墓参りするつもりでしたが、この後に予定があったのと、日没が近づいてきたので、タイムアップしました。
晩秋は日没が早いので(この時期の東京の日没は午後4時半頃)、日が出ているうちに見て回るのが基本?な史跡巡りにはちょっと厳しい時期です。
青山霊園は桜の名所だそうなので、桜の時期に改めて行ってみたいです。(その前に何度か行きそうですが)
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*Comment

はじめまして 

初めてブログを拝見いたしました。
私はdu Bousquetの曾孫です。祖父の代で帰化し
bosquetが森とか林に近いフランス語で林という名前にしたようです。
私も幕末の歴史に興味がありますので、今後もブログを
拝見させて頂きます。

ご訪問ありがとうございます 

>林さま

拙ブログにご訪問ありがとうございます。
まさか、デュ・ブスケのご子孫の方がこのブログに目を留めてくださるとは大変恐縮です。
デュ・ブスケの子供の代で帰化されて、「林」姓を名乗っているとは知りませんでした。

今年は私事でブログを更新する余裕がなかったのですが、来年は横浜在住の地の利を生かした記事をアップできたらと思っています。
これからもよろしくお願いいたします。

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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