Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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神田散策

先週に続き、小栗上野介の縁の地に行ってきました。
江戸屋敷のあった、神田駿河台です。
お茶の水の画廊で開かれている、知人の個展を見に行くのにかこつけてみました。
せっかく久しぶりにお茶の水に行くんだから…ということで、あちこち立ち寄りました。

以前、神田小川町(神田神保町の東側、今はスポーツ用品店が立ち並んでいます)にある会社に勤めていたので、お茶の水を含む神田界隈には少し土地鑑があります。
それでも、地図で下調べしてみました。
「嘉永・慶応 江戸切絵図で見る幕末事件散歩」(人文社)に収載されている「飯田町駿河台小川町絵図」(1863年/文久3年発行版)と、急遽買ってきた「文庫版東京都市図」を見比べてみました。
「飯田町駿河台小川町絵図」によると、この界隈には江戸時代は大名・旗本屋敷が並んでいて、小栗さんのお屋敷も名前入りで記載されています。(詳しい場所は後ほど)
神田界隈は意外なほど、江戸時代の道路の区割りが現代までかなり残っていました。
東京ではパリのように昔からある通りをそのままなぞることはできないんだろうかと思っていたので、明治時代以降に拡張や延伸されているとは言え、案外残っていたのは嬉しい限りでした。

まずはJR御茶ノ水駅のすぐ近くにある湯島聖堂に行ってみました。
こちらは孔子廟にして、江戸時代には幕府直轄の学校「昌平坂学問所」が開設されていました。
昌平坂学問所では幕末期には釜さんこと榎本武揚、栗本鋤雲(小栗さんの盟友の幕臣、明治以降はジャーナリストの草分けとして活躍)が学びました。
つまり、釜さんの母校です。

現在は大成殿(孔子廟)と付属した建物はありますが、学問所の跡地は東京医科歯科大学になっています。
まるで都会にいることを忘れそうな深い木立の中に、聖堂はありました。
湯島聖堂の案内板

聖堂は江戸時代に何度も火災に合い、現在の建物は関東大震災後に再建されました。
ただし、江戸時代(1704年)建造の入徳門(にゅうとくもん)と水屋だけは江戸時代の数回の火災と関東大震災から難を逃れ、今でも健在です。
この門を釜さんも見ていたのね~♪とついつい妄想してしまいます。
入徳門

学業から離れて久しいわたしですが、もちろん大成殿もお参りしました。
土日祝日は大成殿が公開されるので中に入ることができました。
この中は孔子と四賢人(孟子、顔子、曾子、子思)の像が安置され、おごそかな雰囲気が漂っていました。
大成殿の写真も撮りましたが、逆光の中で撮ったため、真っ黒になってしまい、修正してもアップできそうにありません。

次は幕末とは関係ありませんが、お茶の水のランドマーク(?)ニコライ堂に行ってみました。
ニコライ堂は正式名称は東京復活大聖堂といい、日本ハリストス正教会の本部が置かれています。
ニコライ堂

無機質なビルの立ち並ぶ一帯で、ニコライ堂のある界隈だけは異国情緒がほのかに漂っていました。
ある金額を献金すると、内部を見学できます。(写真撮影禁止)
わたしは海外も含めて、あちこちのキリスト教会を見たことがありますが、ロシア正教の教会は初めてです。
近年修復されたそうで、荘厳にして輝かしい内装に息をのみました。
ロシア正教に関しては無知に近いので、信者の方の説明を聞いて、カトリック及びプロテスタントとの違いが少しだけわかりました。

ニコライ堂を設立した聖ニコライは、1861年に箱館のロシア領事館司祭として来日しました。
1872年に日本全土に伝道するために東京に移ったそうなので、箱館戦争があった時は、ニコライは箱館にいたことになります。
ニコライはどんな思いで旧幕軍と新政府軍の戦いを見ていたのでしょう…

そして、ようやく知人のNさんの個展が開催されている、お茶の水仲通の画廊「ギャラリー間瀬」に行きました。
画廊のある場所は「飯田町駿河台小川町絵図」では「御用屋敷」(って何?)、後に幕府軍の屯所になったそうです。

Nさんはイタリアのフィレンツェ在住の画家で、主にフィレンツェを流れるアルノ川を題材にしたテンペラ画を描かれています。
4年前の9月にイタリアを旅して、フィレンツェにも滞在したので、あれから4年たったのか…としみじみ思いながら、Nさんの絵を拝見しました。
今日のわたしの頭の中は、幕末→ロシア正教→フィレンツェとあちこちと旅しています(笑)

Nさんの個展は9月23日まで開催されているので、フィレンツェに興味のある方はぜひ見にいらしてください。(詳しくは画廊のサイトでどうぞ)

画廊から歩いて5分もしないところに、小栗さんの江戸屋敷跡がありました。
現在は東京YWCA会館(地図はこちら)、明大通りに面した側はギター中心の楽器専門店が並んでいます。
今、小栗さんの江戸屋敷跡は…

YWCA会館の前にはちゃんと小栗さんの屋敷跡を示す説明板がありました。
小栗さんの江戸屋敷の跡

わかってはいましたが、この界隈(神田駿河台)は小栗さんが暮らしていた頃の面影は皆無です(汗)
江戸時代は旗本屋敷が並んでいたこの界隈は今は大学(明治大と日本大)の校舎が立ち並んでいます。
更に楽器専門店も混在しているので、かなりゴチャゴチャした雰囲気です。

上州権田村(現在の群馬県高崎市倉渕町権田)が今でも、小栗さんが隠棲していた頃とそれほど雰囲気が変わらない(と思われる)のと、対照的です。
ちなみに権田の写真はこちらです。画像中央を流れているのが烏川(からすがわ)です。
今の上州権田村

久しぶりに神田駿河台を歩いてみて思ったのは、坂が多いことです。
明大通りは御茶ノ水駅方面から下り坂になっていますし、小栗さん邸@YWCA会館の前も、山の上ホテルから続く甲賀坂が通っています。
いわば丘陵地にどんな風に旗本屋敷が建てられていたんでしょう。

昔の勤務先の近くの喫茶店で休憩してから、神保町の古書店街巡りをしました。
普段、中央線沿線の古書店に行くことの多いわたしには、神保町の古書店街は敷居が高く感じられます。(歴史書の多そうな書店は特に…)
ここに来たら研究書を買うところでしょうが、わたしは「土方歳三」(大内美予子)、「土方歳三散華」(広瀬仁紀)と、2冊も歳さん小説をゲットしました。(ただし、どちらとも昔の新人物往来社版)
歴史書の品揃えが豊富で、かつ入りやすい雰囲気の古書店をご存知でしたら、どなたか教えてください。

やっぱり神田界隈はいいですね。
またここで働きたい…と思ってしまいました。
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*Comment

 

まやこさん
ハイ!小川町屯所はケースケ先生管轄の「伝習隊・小川町大隊」の屯所でございました~
ついでに言うとケースケ先生のお宅は駿河台にありました。
私も行きたいです♪
  • ままこっち 
  • URL 
  • 2006年09月23日 06時55分 
  • [編集]

 

ままこっちさん、こんにちは。

「嘉永・慶応 江戸切絵図で見る幕末事件散歩」には、地図に記載されている、幕末史に名を残した人物が住んでいた場所がマークされているんですが、文久3年発行の「飯田町駿河台小川町絵図」には大鳥さんの家は載っていないので、その頃は大鳥さんはまだ駿河台に住んでいなかったのですね。
大鳥さんは駿河台のどの辺りに住んでいたんでしょうか…気になります。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2006年09月23日 10時13分 
  • [編集]

 

まやこさん
私もいろいろ調べましたが、ケースケの家が駿河台のどこか、についての情報は今のところ入手できていません。本人執筆「南柯紀行」の冒頭に、「荷物11つで駿河台の自宅を出て」とあるので間違いないと思いますが。。
駿河台はまさに「旗本のお屋敷街」で、小栗家とか、滝川家(滝川充太郎の実家)もありました。ケースケがその辺りに住めた、ということは、かなり出世した後でないと難しそうなので、文久3年当時の教授@江川塾程度では厳しいと思います。
多分幕臣取立て(1865年)された後、とんとん拍子に出世した慶応3年くらいに引っ越したのでは・・・(屯所も近いし)と思いますねー
す、すみませんついウザ語りをしてしまいました。。
  • ままこっち 
  • URL 
  • 2006年09月25日 01時00分 
  • [編集]

 

>ままこっちさん
このブログはそういう歴史ネタを思いっきり語れるところとして開設したので、どんどん語ってくださいませ~v-410

ところで、大鳥さんの家は駿河台のどの辺りにあったのかは、特定できていないのですか…
ままこっちさんもご存知の大鳥さんサイトで大鳥さんの年表を見ましたが、確かに文久3年時点の大鳥さんの立場では、駿河台に住むのは厳しそうですね。

滝川家は駿河台界隈に、小栗さんのお屋敷の隣と、少し離れたところに二軒あったので、どちらかが滝川充太郎の実家なんでしょうね。

神田駿河台、小川町、神保町界隈は今でもかなり江戸時代の道筋が残っているので、散策するのが楽しかったです。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2006年09月25日 22時27分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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