Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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箱館への旅(一日目・その壱)

7月14日から16日にかけて、歳さんの最期の地、箱館(と江差)に行ってきました。
公共の交通手段のみ使ったので、あまり多くの場所を巡れませんでしたが、一人旅なので、自分の行きたいところだけ行き、マイペースで見てきました。
これから書くのは「史跡レポ」ではなく、あくまで「旅の覚え書」です。
なので、行った場所はエリアごとではなく、行った順に書きます。
その辺りを踏まえて読んでいただければ幸いです。
詳細な史跡レポは、わたしより先に蝦夷地に行かれたAkiさん、ままこっちさんにお任せします。

また、写真はクリックするとサイズが大きくなります。



7月14日(金):箱館散策(五稜郭周辺)

《この日行った場所》
☆土方歳三最期の地碑+一本木関門
☆五稜郭タワー
☆五稜郭(城郭内散策)
☆「函館野外劇」観劇

東京は朝からすでに暑かったので、羽田空港に向かう道中で、早く飛行機に乗って涼しい函館に着きたい、とそればかり考えていました。
(わたしは生まれも育ちも東京ですが、東京の蒸し暑い夏が大の苦手です)

飛行機に乗ってまでの国内旅行はほとんどしないのと、出張に縁のない仕事をしているため、国内線に乗る機会は少ないので、羽田空港に久しぶり(1年8ヶ月ぶり)に行きました。
ANAに搭乗するので、第二ターミナルです。ターミナル内をウロウロしていたら、搭乗時間ギリギリになってしまい、窓際の席が取れませんでした。

東京(羽田)から函館まで、飛行機で1時間20分。
去年の9月に、ウィーン(とフランス)に行くのに約半日飛行機に乗っていた身にはとても短く感じられました。
「黒龍の柩」上巻を再読しているうちに、箱館の上空に差し掛かりました。
でも、通路側の席に座っていたので窓の外の景色が見えず、とうとう箱館に来た!という実感があまり沸いてきませんでした。

12時過ぎに函館空港に着いた時は、曇っていました。
待機していた空港バスに乗り込んで、いざ市内へ!
バスの車窓から、道路のところどころに五稜郭のレリーフがあるのを見つけて、それだけでウキウキ気分です。

わたしが予約していたホテルは松風町の近くで、空港バスの終点の一つ前の停留所が最寄でしたが、それに気づいたのはバスが停留所を通り過ぎた後でした(汗)
そのため、終点の函館駅前でバスを降り、先程バスで通った道を引き返す形でホテルに行くことになり、これで時間を少しロスってしまいました(大汗)
ホテルには荷物を預けるだけのつもりで行きましたが、ホテルに知らせていた時間より早く到着したにもかかわらず、チェックインできたのはラッキーでした。これで心置きなく箱館の街を歩けます。

toizoburger.JPG午後1時を過ぎて、お腹がすいてきたので「ラッキーピエロ」に行きました。
注文したのはもちろん『土方歳三ホタテバーガー』です(笑)
でも、店員は単に「ホタテバーガー」と厨房に注文を伝えていました。
肉厚のホタテフライを2つ挟んだバーガーは美味しかったです。(歳さんもホタテ食べたのかな?)


歳三バーガーで腹ごしらえした後、「土方歳三最期の碑」まで行きました。
函館空港に着いた時は曇りでしたが、午後2時近くになると晴れて気温も上昇し、ノースリーブでも歩けるほどでした。函館でこれだけ暑くなるのは予想外だったので、最期の碑まで歩いただけでバテ気味になってしまいました(苦笑)

tosizosaigonohi.JPGsaikonotisetumei.JPG土方歳三最期の碑は総合福祉センター内の前庭の一角にあります。
きれいに整備されていて、まるで聖地のようでした。
碑の前には先月墓参した石田寺の歳さんのお墓よりも花が供えれてられいました。(後でお盆だったからか…と思い当たりましたが)
訪れる人が絶えないそうですが、わたしが訪れた時は誰もいませんでした。
武州多摩在住のわたしとしては、歳さんの魂は故郷の多摩に帰っていて、箱館には留まっていないと思っていますが、箱館の最期の碑に手を合わせると、歳さんは少しは箱館の地に魂を残しているのかもしれない…と思えてきました。

ipponikanmon.JPG最期の碑の右脇には一本木関門のレプリカがあります。
一本木関門は実際にはもう少し離れた場所にあったそうですが、わたしは歳さんが戦死した場所(の第一候補地)に来られただけで感慨深かかったです。
碑の近くにベンチがあったので、しばらく休みました。
先月、石田寺の歳さんのお墓を墓参した時もそうでしたが、ここ(本当は墓ではありませんが)で休んでいると、暑さでバテ気味だったのが少しは回復しました。


その後は中島三郎助の最期の碑に行く予定でしたが、午後2時を回っていたので、ここに立ち寄っていたら五稜郭や五稜郭タワーを見る時間が少なくなってしまうと思ったので、パスすることにしました。

一度函館駅に引き返し、駅前から五稜郭方面に向かう市電に乗りました。
市電に乗ったのは一体何年ぶりでしょう…(多分、10数年前に広島と長崎で乗った以来)
電停の「五稜郭公園前」で降りると、目の前に「○ルメシティ」があったので、そこで日よけの帽子を買いました。
やはり帽子があると暑さも雨もしのげます。翌日の霧雨の江差でも帽子が活躍しました。

goryokakutower0000.JPG五稜郭タワーに真っ直ぐ向かう道から、青空をバックに五稜郭タワーが見えてきました。
一時期は古いタワーと新しいタワーが並んで立っていたそうで、これも見てみたかったです。
goryokakuatosizo0000.JPG
五稜郭タワーに入館する前に、観光バス専用駐車場の一角にある歳さんの立像を見ました。
高幡不動にある立像よりも、五稜郭タワーにある方が実在の歳さんらしいと思います。
高幡不動にある方は栗塚旭さんが演じた歳さんをイメージして造られたそうですが、お正月に一緒に高幡不動参りをした友人曰く「あごのごつい○町隆史」だそうです(苦笑)
いよいよ五稜郭タワーに入場です!

(この先、別記事に続きます)
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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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