Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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萩・世田谷 幕末維新祭り2009

20091025171702
今年は松陰神社の境内でしょーいん君と遭遇!

…ということで、佐幕派ですが、今年も東京・世田谷の松陰神社及び周辺で開催された「萩・世田谷 幕末維新祭り」に行って来ました。
今年は『松陰先生殉節百五十年記念』と節目の年です。

松陰神社は我が家から一番近い幕末ゆかりの地ですが、幕末に興味を持つ前は一度も行ったことがありませんでした。
でも、幕末に興味を持ってから、松陰神社にお参りし、「萩・世田谷 幕末維新祭り」には毎年行くようになりました。
これまでは幕末の志士+奇兵隊パレードや、松下村塾の前で上演される野外劇を見ましたが、何度か見てさすがに見飽きたので(苦笑)、今年はパレードと野外劇はパスして、講演を聴くことにしました。

講演を聞く前にまず「幕末維新ファン交流広場」のブースで買物しました。
このブースには松陰先生及び長州関連の幕末維新本以外にも、新選組関連の本やグッズも少し置いてあります。
それゆえ、松陰神社の幕末維新祭りに行くといっても過言ではありません。
今年はわたしにしては色々買いました。
来年の土方歳三カ壁かけレンダー、「勝海舟と幕末長崎」展のパンフレット、「ふぃーるどわーく甲州」です。カレンダーは一人暮らしなので堂々と部屋に飾ります(笑)
今年の収穫(笑)

参道には屋台が並び、参道の脇のスペースに会津若松、神社の隣りの公園には山口の物産展のブースが出ていて、とても賑わっていました。
会津若松と山口のブースが隣り合っておらず、微妙に離れているのがミソです。
幕末ファンも多く来ていたでしょうが、明らかに一般人も多かったので、第18回目を迎えた萩・世田谷幕末維新祭りは完全に地域に根付いたようです。

実は先週の日曜日(10月18日)に、松陰神社に程近い世田谷区民会館で行われた「開運!なんでも鑑定団」の公開録画を家族と共に見に行った際に、帰りに松陰神社に立ち寄りました。
この時は日曜日にも関わらず、境内はあまり人がいませんでしたが、正に嵐の前の静けさでした。

心の中で「佐幕派ですが失礼します」と言いつつ、社殿にもお参りしました。
パレードの終了後に社殿の前に松陰先生と長州の志士(を野外劇で演じている役者)、奇兵隊が整列して記念撮影するのが恒例ですが、その名残の大砲が片付けられようとしていました。
松陰神社の賑わい  松陰神社社殿と大砲

お参りした後、松本剣志郎氏による「若林抱屋敷と松陰神社の歴史」という講演会を聴きました。
この講演を聴くのが、今日の最大の目的でした。
幕末史に興味を持って以来、世田谷区民として、かつて世田谷区内にあった長州藩の領地がどんなものか以前から気になっていました。

若林抱屋敷は、長州藩が江戸市中の拝領屋敷のある火災に備えて、寛文12年(1672年)に荏原郡若林村に購入した1万8300坪の土地です。
初めて松陰神社にお参りした時に若林抱屋敷のことを知り、以前こちらに書きましたが、今回の講演で若林抱屋敷の更に詳しい情報を知ることができました。

若林村が選ばれたのは、下屋敷のあった青山(現在のミッドタウンと檜町公園一帯)から一里半と近かったからだそうです。
以前にも書きましたが、若林村のある、現在の世田谷区の東半分は井伊家の江戸屋敷の賄料として拝領された彦根藩世田谷領ですが、若林村は井伊家世田谷領に含まれておらず、それ故、長州藩が若林村の土地を購入することができたそうです。
若林村の領主が旗本の志村氏なのは知っていましたが、今回の講演で志村氏が八王子千人同心(頭?)だと知りました。
八王子千人同心は、新選組や日野や八王子のある多摩郡の歴史に深く関わっていますが、多摩郡の東側の荏原郡にも知行地を持っているとは意外でした。

抱屋敷と言っても、屋敷があるわけでなく、土地を管理している農民の建物に、田畑と林があるだけでした。
明和9年(1772年)の目黒・行人坂の大火で上屋敷が類焼し、建て直す際に、林の木々が使われました。
もっとも、この頃は土地の囲いが認められた抱屋敷ではなく、囲いを認められない抱地になっていました。
頂いたレジメに若林抱屋敷の範囲を記した地図も載っていて、世田谷区民はなるほど、この辺りか~と思いました(笑)

今から丁度150年前、安政6年(1859年)10月27日に吉田松陰は処刑され、29日に小塚原回向院に埋葬されます。
そして、文久3年、江戸に近い長州藩ゆかりの若林の抱地に高杉晋作(←一発で変換しないわたしのPC)や山尾庸三らの手で改葬されたのは、佐幕派でもご存知の方は多いかと思います。
元治元年(1864年)の長州戦争に伴い、上下屋敷と共に抱地も没収、松陰の墓所も破壊されます。土地は領主の志村氏が預かる形になりましたが、大政奉還、王政復古後の明治2年正月に朝廷から長州藩に拝領されました。
松陰の墓所の前にある鳥居は、木戸孝允が寄進したものですが、この時に建てられたものと思われます。
それ以降、松下村塾の門下生をはじめとする長州人が、若林村の松陰の墓所で追悼を行ってきましたが、明治15年(1882年)にこの地に松陰神社が創建された、という次第です。

わたしは講演を聴くのが目的なのにも関わらず、筆記用具を持ってくるのを忘れてしまったので、仕方なく携帯電話のメールを使ってメモしましたが、携帯で文を入力するのが苦手ゆえ、ちょっと大変でした(苦笑)
後で松陰神社通り商店街で筆記用具を購入しました。

この日は雨は何とか降らなかったものの、ずっと曇り空で気温が低かったので、一時間の講演を聴いている間にすっかり体が冷えてしまいました。
松陰神社通り商店街の呉服屋さんが作っていた豚汁を食べて、ようやく体が温まりました。
それから神社に隣接する公園の、山口の物産展ブースを見てから、松陰の墓所にお参りしました。
幕末維新祭りの時は萩の関係者の供花が、松陰先生の墓前に供えられています。
佐幕派のわたしも150年前を偲び、松陰先生の墓前で手を合わせました。

それから、長州ファンにはおなじみの一坂太郎氏による講演「松陰が読んだイソップ物語」を聴きました。
わたしにとっては一坂氏は、都内の幕末史跡巡りのバイブル「幕末歴史散歩 東京篇」の著者のイメージが強いのですが…

松陰と、世界三大童話の一つのイソップ物語にどういうつながりが?と講演の題名を目にした時に思いましたが、松陰は実際にイソップ物語を読んでいました。
紀元前のギリシャで生まれたイソップ物語は、戦国時代の終わりに日本に入ってきて、江戸時代には「伊曾保物語」として庶民に親しまれたそうです。

松陰はイソップ物語から西洋の道徳観や合理主義を知り、開国してから西洋人が日本で取った行動はイソップ物語の寓話で描かれたものと似ているとしています。
そして、門下生にイソップ物語を写させ、松下村塾で所蔵したそうです。(現在は写しの所在は不明だそうです)
ものすごい偏見ですが、攘夷派は海外の事情を何も知らずにただ夷狄憎しと唱えていたのかと思っていましたが、松陰先生はイソップ物語を通して、西洋人の物の考えを知った上であのような思想を打ち出していたのですね。
その点が、松陰先生と単なる攘夷派の大きな違いだと思いました。

わたしの隣りの席では中学生か高校生らしい女の子が講演を聴き、レジュメに熱心に書き込みをしていました。
中学生の頃のわたしはすでに歴史ファンでしたが、興味の対象はヨーロッパ、特にフランスだったので、当時は自分の目で史跡を見たり、歴史イベントに参加することは夢のまた夢、というより考えてもいませんでした。
もし、学生の頃に幕末史に興味を持っていたら、今頃どうなっていただろうかと思うこともありますが、ヨーロッパ史と縁のない自分は想像もつきません。

話を戻しまして…講演を聴き終えた後、境内でしょーいん君(松陰神社前商店街のマスコット)に遭遇しました。
キャラのゆるさは井伊家ゆかりの、ひこにゃんにも負けません(笑)
去年は見かけなかったので、しょーいん君を連れていた係員のお姉さんに「去年はいませんでしたよね?」と聞いたら、「そんなことありませんよー」と返されました。(どこにいたのやら?)
しょーいん君はサービス精神旺盛で、この記事の冒頭に載せた写真のポーズを取ってくれました(笑)

今年の幕末維新祭りは、内容の濃い講演を二つも聴いた上、色々と買物もし、しょーいん君にも遭遇できて、充実したものになりました。
佐幕派ですが、来年も行きたいです。

また書いていくうちに長くなりました。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
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*Comment

幕末祭☆ 

初めまして!
先月の松陰神社でのお祭りを
ネットで検索していて辿り着きました。
今年は例年に比べて寒く、野外イベントが
キツかったです;日曜日の「イソップ物語」講演
気になっていたのですが行けず、御ブログで
内容を拝読できて嬉しかったです☆
どうも有難うございました♪

(いきなりの書き込みで失礼致しました…不都合
ありましたら、どうぞ遠慮なく削除して下さいね)
  • トルーデ 
  • URL 
  • 2009年11月11日 22時50分 
  • [編集]

Re: 幕末祭☆ 

>トルーデさま

このたびはコメントありがとうございました。
返信が遅くなり申し訳ありません。

トルーデさんも幕末維新祭りに行かれたのですね。
今年は本当に寒かったですよね。
幕末維新祭りでは中身の濃い講演を2つも無料で聴けて、なんて長州方は太っ腹なのと佐幕派のわたしは思いました(笑)
「松陰が読んだイソップ物語」は拙ブログからリンクしている「東京エゴイスト」さんに更に詳しい内容が載っています。
もしもすでにそちらも拝見していたら申し訳ありません。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年11月19日 00時07分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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