Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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皆既日食(7月22日追記あり)

7月22日に起こる日食を日本各地で見られるのはご存知の方も多いかと思います。
太陽と月が完全に重なった時に起こる「皆既日食」は九州の南、トカラ列島、屋久島、奄美大島、種子島などでしか見ることができませんが、太陽の一部分がかけて見える「部分日食」は日本各地で見ることができます。
わたしは子供の時は天文に関する図鑑を愛読し、夜空を眺めていた天文少女だったので、こういう天文現象に心躍ります。
7月22日の日食は午前中に起こりますが、幸いなことに?ただ今、小普請組入り…もとい無職で、自宅にいるので、日食の観測はバッチリできます。
書店で日食観測用メガネ付の、日食観測マニュアル本も買ってきました(笑)

日食の話題を幕末ブログに書いて何ごとかと思われた方もいらっしゃるでしょうが、実は日食はチーム箱館の一人、荒井郁之助と大変深い関わりがあります。
荒井さんは日本で初めて本格的に日食の観測を行ったメンバーの一人です。

今から122年前、1887年(明治20年)8月19日に、新潟県、栃木県、福島県の全域及びその他数県が入る幅150キロの帯状の地域(皆既帯)で、皆既日食が起こりました。
明治政府の当時の内務大臣、山縣有朋により、この日食の観測の実施が国家的プロジェクトに定められ、白河(福島県)、黒磯(栃木県)、銚子(千葉県)、三条(新潟県)の四ヶ所で専門家による観測チームが日食の観測を行いました。これは近代的日食観測の事始だそうです。
白河で観測するにあたり、大量の観測機材を運ぶために、明治政府は上野(東京)から黒磯までしか通っていなかった東北本線を、白河・郡山まで突貫工事で開通させたそうです。

荒井さんは当時、内務省地理局測量課長兼中央気象台長で、新潟チームのリーダーでした。
新潟チーム…もとい荒井チームが、新潟を観測地としたのは、西に位置した方が皆既時間が長く、太陽高度も高いためだったそうです。
また、専門家の日食観測地が日本の東部に集中していたため、観測地を拡大することによって、悪天候による観測失敗を防ぐことも考えられていたそうです。
荒井チームは、当初は弥彦山での観測を予定していたそうですが、日本海の気流による悪天候を心配し、三条市永明寺山へ移動しました。

8月19日当日、太平洋側の白河と黒磯は天候不順で皆既日食を見ることができませんでした。
また、銚子は山縣有朋が巡察に訪れ、その対応に追われたため、満足に観測することができませんでした(苦笑)
その中で、唯一荒井チームが皆既日食の観測に成功しました!
当日の三条は朝からは雨が降ったり止んだりしていたそうですが、日食が始まる午後2時頃に雲が切れて好天になったそうです。
観測地として三条を選んだ荒井チームの読みが見事に当たったのです。
この時の観測で、日本初の太陽のコロナの写真が撮影されました。現在でも、その写真は残っています。

荒井さんは過去に悪天候のせいで、さんざんな目に合ってきました。
榎本艦隊の江戸脱出の際には台風に合い、江差では大嵐で開陽丸が沈没し(涙)、宮古湾でのアボルタージュ作戦の時には本来3隻で決行するはずが、荒天で船がはぐれたため、回天丸のみで行わざるをえず、それが作戦の失敗に繋がった…
いずれも、荒天ではなく好天だったら、箱館共和国はもう少し存続していたかもしれません。

悪天候で3度も苦い思いを味わってきた荒井さんは、何としてでも好天の元で皆既日食を観測したかったでしょう。
その思いが天に通じたのでしょう。
他のチームが悪天候のため満足に観測できなかった分、荒井チームの観測成功の功績は大きいと思います。
荒井チームが観測を行った永明寺山の山頂は現在、公園として整備され、「観測日食碑」が立っています。

このことは、先日地元の図書館で天文雑誌の皆既日食特集を読んで、初めて知りました。
荒井さん、四度目の正直で天気に恵まれてよかったね…とチーム箱館ファンとして心にグッときました。
それで、ネットをググってみて更に色々と知り、この記事にした次第です。

太陽系の天体の一つ、小惑星に荒井さんの名前がついたものがあるのに驚きました。
登録名・Arai 登録番号・5070 だそうです。
小惑星は天体の中で唯一、発見者に命名提案権が与えられているそうで、「Arai」の命名者はもちろん日本人です。
天文愛好者の間では、「荒井郁之助」の知名度は案外高いようです。

122年前の8月19日の三条のように、7月22日の日本が全国的に晴天に恵まれて、日食を観測できることを願っています。

【7月22日追記】

東京は残念ながら曇天でした。
それにもめけず、NHKの日食中継を見つつ、自宅のベランダから空を眺めました。
天に思いが通じたのか、食の最大の午前11時13分頃に奇跡的に雲が切れて、三日月のように欠けた太陽(部分日食)を見ることができました。
東京では七割五分太陽が欠けたそうですが、思ったよりは暗くなりませんでした。
TVを見たり、空を眺めつつ、ついったーでつぶやいていました。
日食が起こったときのリアルなつぶやきを読みたい方はこちらへどうぞ。

NHKの中継によると、皆既日食は観測者が多く集まった悪石島(トカラ列島)や屋久島、奄美大島では悪天候で見らませんでしたが、硫黄島や近海の太平洋上では見られたそうです。
離れた場所に観測地を設けて、観測失敗のリスクを減らすのは120年前も今も同じですね…
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*Comment

皆既日食 

皆既日食レポ楽しみにしています。晴天を祈ります!!

上野で94万人が観た阿修羅像は本来、月と太陽、弓と矢を持っていたようです。

国立公文書館(佐藤彦五郎資料もあるらしい)夏の企画展「気象」江戸時代の暮らしと天気の関係や近代的な気象観測の成り立ち、気象災害・歴史を彩った事件の時の天気図、地球温暖化問題などについて、国立公文書館や気象庁などが所蔵する公文書などが紹介されます。

期間:平成21年7月21日(火)~9月18日(金)

月~金曜日入館無料 午前9時15分~午後5時 土・日曜は休館

http://www.archives.go.jp/index.html

怪奇と言えば日野市郷土資料館で18日より稲生物怪録絵巻公開、立川の国文学研究資料館では「百鬼夜行」絵巻など涼しくなりそうな企画が開催されます。

 

> 銚子は山縣有朋が巡察に訪れ、その対応に追われたため、満足に観測することができませんでした
★うーん、知らなかった
勉強になりました、感謝
  • あきもと 
  • URL 
  • 2009年07月17日 09時50分 
  • [編集]

 

>munnさん
週間天気予報によると、22日は曇りの予報でした。
でも、今日のように曇りの予報にもかかわらず、晴れ間が覗くこともあるので、22日の天気が良い方に向かうことを願っています。

それから国立公文書館の夏の企画展の情報をありがとうございます。
国立公文書館の企画展は、無料にも関わらず内容がとても濃いので気に入っています。
夏の企画展も見に行きたいです。

>あきもとさん
この度はコメントをありがとうございます。
銚子についてのブログを書かれているのですね?
山縣有朋の銚子巡察の件は、わたしもネットをググって初めて知りました。
地元にも思わぬ歴史が秘められていることがありますよね。
このブログは幕末関連のことを気の赴くままに書いていますが、よかったら今後もお越しください。

 

まやこさん、どうも

どこの住民も同じかも知れませんが、銚子はまさに「灯台下暗し」なんです、地元の歴史に関して
行政が意図的にそうしているんじゃ?なーんて勘ぐりたくなるくらいです
幕末当時、関東で五本の指に入る規模と繁栄を誇った近世都市なのに…

変なまちですが、なぜかみんな銚子が好き
ふだん自虐的なことばかり言ってるにもかかわらず、それでも銚子が好き
まぁ、僕もその一人なんだろうと思います

これからときどきお邪魔させていただこうと思います
よろしくお願いいたします
  • あきもと 
  • URL 
  • 2009年07月17日 20時49分 
  • [編集]

 

銚子だけでなく、他の町でも地元の歴史に関心がない住人は多いと思います。
わたしもかつてはその一人でした。
でも、土方歳三のファンになり、彼がわたしの地元を何度となく通ったとわかってから、地元に愛着がわき、地元も含めた郷土史に興味を持つようになりました。

こちらこそ、これからもよろしくお願いします。

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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