Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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歳さんの本来の命日

20090620150037
今日は歳さんの本当の命日なので、菩提寺の石田寺の歳さんのお墓参りに行ってきました。
画像はカヤの大木の下から見た石田寺の本堂です。
その後、浅川沿いに歩いて、今はふれあい橋の下で休憩してます。(日差しが強いので…)

この先は例によってPCからの追記です。

歳さんの命日、明治2年5月11日は、新暦(グレゴリオ暦)では1869年6月20日です。
グレゴリオ暦を使っている今、歳さんの本来の命日は6月20日だと、わたしは思っています。
5月9日に某SNSの幕末コミュのオフ会の際に、石田寺に歳さんのお墓参りをしましたが、大勢でお参りしたので、墓前の前でゆっくりできませんでした。
それで、今日、改めて一人でお参りに行った次第です。

5月にお墓参りした時は墓前にたくさんの花がお供えされていましたが、今日は枯れかけた花しかありませんでした。
わたしは幕末・維新人の墓参の際には供花を持っていかない主義ですが(後で枯れてゴミになってしまうため、お墓を管理している人の手をわずらわせたくないのです)、今日は持ってくればよかった…とちょっと後悔しました。
でも、今日はわたしの他には歳さんのお墓参りに来ている人がいなかったので、ゆっくり墓前に手を合わせることができました。
以前にもこのブログに書きましたが、歳さんは箱舘で死して、肉体は滅びても、魂は故郷に戻ってきていると信じています。

歳さんのファンになったのがきっかけで、わたしが幕末史に興味を持ったのは、このブログをご覧いただければおわかりでしょうが、更に幕末以前の江戸時代まで興味の範囲が広がりました。
江戸時代に関する本を読めば読むほど、長い間、いかに自分が生まれた国の、ご先祖の生き様を知らなかったか思い知らされます。
歳さんがわたしの手首を掴んで、幕末の世界に引き込んでいなかったら(笑)、相変わらず日本史に見向きもせず、日本とつながりのない遠い国の昔の歴史にしか興味を抱いていなかったと思います。
わたしの興味の範囲を広げ、また日本史に対する見方を変えたきっかけになった歳さんに本当に感謝しています。

石田寺でわたしが好きなのは、本堂の前にある樹齢400年のカヤの大木です。
歳さんが生きていた頃も今と同じように青々とした葉を茂らせ、堂々と境内に立っていたでしょう。
きっと歳さんもこの木を眺めていたんだなと思うと、心が和みます。
日差しは強くても、木陰を渡る風は涼しく、木の下のベンチで休んでいて気持ち良かったです。

それから浅川の土手をぷらぷら歩いて、途中でふれあい橋の下で休憩してから、高幡に戻りました。
高幡不動尊ではあじさい祭りが開かれていました。
わたしは昨年も一昨年も見に行って、あじさいはいささか見飽きていたので(苦笑)、6月のあじさい祭りの期間中しか公開されない、大日堂の奥の庭園を見てきました。
庭園の規模は小さいですが、庭園に面して建っている「豊泉寮」で薄茶の接待があったので、文字通りお茶を頂いてきました。
豊泉寮
実は学生時代から社会人になってしばらく、母の知人の元で茶道を習っていました。(というより、お稽古に行っていたと言う方が相応しいのですが…)
茶道の稽古にしては月謝がとても安かったので、お稽古を続けることができましたが、先生が膝を痛めたのがきっかけでお稽古をやめられてからは、茶道から足が遠のいています。
本当は茶道を続けたいですが、他の先生だと月謝が高いのと、茶道は何かと物入りなので、今のわたしの懐具合ではとてもお稽古に通えません。
それはさておき…お茶席で案内をしていた先生がわたしも含めた客にどこから来たのか一人一人に尋ねたのですが、結構遠方から高幡不動尊に来ている人が何人もいて、ちょっと驚きました。
あじさいが好きで、わざわざ金沢(!)から高幡不動尊のあじさい祭りを見に来た人もいたそうです。
略式とは言え、久しぶりにお茶席で頂いたお薄(薄茶)は実に美味しく感じられました。

お不動さんの山門の斜め向かいに、歳三まんじゅうを売っている饅頭屋があるのはご存知の方も多いでしょう。
店の脇にずっと「組!」の集合写真を元にしたパネルが立っていましたが、それに換わって「新選組 慰霊顕彰句碑」と「新選組隊士 隊士名簿」のパネルが立っていました。
下の画像がそれですが…このブログで「誠」の文字が書かれたモノをアップするのは初めてかもしれません(苦笑)
松盛堂本店のパネル

お茶席でお菓子(高幡不動が文明堂に特注した羊羹)を頂いたにも関わらず、高幡詣の最後にケーキを食べました(笑)
高幡では「FUJIU」か「あんず村」でしかケーキを食べたことがなかったので、今日は以前から気になっていた駅の目の前の「マロニエ」というパティスリーにしてみました。
ケーキは人気があるというサバランを選んでみました。
いかにも仏蘭西直輸入な雰囲気の「FUJIU」のケーキに比べると、「マロニエ」のケーキは昔ながらの日本のケーキに近かったです。どちらのケーキも美味しいですが…
「マロニエ」のサバラン
「マロニエ」は「FUJIU」に比べるとイートインのスペースが若干広いのがいいと思いました。
また食べに行きたいです。

歳さんのお墓参りに行ったはずが、すっかり食い倒れてしまいました。
来月はレンタサイクルで向島巡りするつもりなので、向島でも食い倒れるつもりです(笑)
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*Comment

お久しぶりです。 

お久しぶりです。

私も20日にお参りに行きました。
函館なので『最後の地碑』ですが…。

少しのお花を持って行ったのですが、やはりこちらも今日、お参りする人はいなかったようです。新しく供えたお花が無かったから。

結構、6月20日の事が有名になったのでいっぱいお参りしているかと思ったのに。

もっと持って行けばと思いました。
  • 高松飛鳥 
  • URL 
  • 2009年06月21日 00時10分 
  • [編集]

> 高松飛鳥さん 

こちらこそご無沙汰しています。

函館では、今日供花した人は高松さんしかいなかったのですね。
函館の最期の地碑は、日野の石田寺のお墓よりも供花が多いと思っていたのですが…

6月20日が土方さんの本来の命日だと認識しているファンは多くないんでしょうね。
土方さんファンが書いているブログをざっと見てましたが、わたしが見た限りではそのことに触れている人はいませんでした。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年06月21日 01時19分 
  • [編集]

NoTitle 

私も御冥福を祈ります。
私もその内石田寺行って参拝したいです。
ケーキ美味しそうですね。
茶道やってたんですか。凄いですね。
新選組 慰霊顕彰句碑」と「新選組隊士 隊士名簿」のパネル近藤さんの句が好きですね。
  • 勇春 
  • URL 
  • 2009年06月23日 17時58分 
  • [編集]

>勇春さん 

また、石田寺に土方さんのお墓参りに行かれる機会がありましたら、「マロニエ」のケーキをぜひ食べてみてくださいね。
また、本文中に名前を挙げた「FUJIU」のケーキも美味しいです。
茶道は懐に余裕ができたら、また習いに行きたいです。
茶道の無駄のない動きは、武道に通じるものがあると思っています。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年06月23日 22時31分 
  • [編集]

NoTitle 

はじめまして早々と申します。宜しくお願い致します。
今日総司忌に参りましたが、伊東氏の講演の後に釣洋一氏が、皆さん旧暦で記憶されておられるようですが、季節感が全然違っているのですから西暦で考えるべきと仰っておられました。ですから本来の歳三忌の日が忘れられているのは寂しいですね。

お茶なさっておられたのですね。確かに茶道の一連の動作には無駄がなく、それでいてメリハリが利き流れるような動きが良いとされております。ですが茶の本意は人との和に置かれているのですから茶室でなくとも何処でも出来ると良いですね。お盆点てもありますし。ご存知の通り確かにいろいろ季節のお道具(所謂書画骨董)やお菓子、お花、墨や灰など茶道には必要なのですが、お月謝を高くする原因の一つです。それも先生のお考え一つなのでどうぞ良い先生に就かれてくださいませ。
  • 早々 
  • URL 
  • 2009年06月27日 22時04分 
  • [編集]

>早々さん 

この度は拙ブログにお越しいただき、ありがとうございます。
コメント返しが遅くなってしまい、申し訳ありません。

わたしも釣氏の意見に同感です。
旧暦と新暦では約1ヶ月ずれていますが、1ヶ月のずれは大きいですね。
歳三忌も総司忌も旧暦の命日(に近い日)に行われていますが、もしも二人が閏月に亡くなっていたら、どのようにして開催するつもりだったのでしょうか。
30年以上も前から行われている行事に、このような突込みをするのは野暮なのはわかっていますが…
ちなみに、慶応4年閏4月に亡くなった(というより殺された)小栗上野介の慰霊祭は、亡くなった日を新暦に換暦し、その日に近い日曜日に行われています。

ところで、早々さんは茶道の世界にお詳しいようですね。
以前、最小限のお道具のみで何度か家族にお盆点をしたり、友人と公園に遊びに行った時に野点をして、お茶を振舞ったことがあります。
お茶を立てて、人に振舞うことから人との「和」が生まれる…それが本来の茶道の在り方なんでしょうね。

本文にも書きましたが、現在、大変懐が寒いため、お稽古に行く金銭的余裕がありません。
いつか、もう少し、余裕が出てきたら、良い先生を見つけて、再びお稽古したいです。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年06月29日 23時11分 
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  • 2009年06月30日 16時18分 
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>6月30日に鍵付コメントしてくださった方 

貴重なお話をありがとうございます。
あの世界にも色々とあるのですね…
でもどうやって良い先生を探せばいいのか、わかりません。
お稽古通いは、生活がもっと楽になった時の楽しみに取っておきます。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年07月01日 22時14分 
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  • 2009年07月02日 22時00分 
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>7月2日に鍵付コメントしてくださった方 

具体的なアドバイス、ありがとうございます。

鍵付コメントだとお返事が書きにくく、また、話題が記事の本文の内容からずれてきたので、大変申し訳ありませんが、更に茶道の話をなさりたい場合は、鍵付コメントでなく、メールフォーム経由でお願いします。
メールフォームはこのブログの右側、リンクの下にあります。

  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年07月02日 23時43分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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