Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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築地ちょっと散策

20090618191547
今、勝どきで働いているので、仕事帰りに築地まで足を延ばして、ちょっと散策しました。
上の画像は、築地市場の前にある軍艦操練所跡の案内板です。
(ケータイのカメラで撮ったので、画像が悪く文字が非常に読みづらいですが…)

6月26日に再び仕事帰りに築地に行ってきました。
今度はデジカメを持っていったので、写真も撮ってきました。
なお、画像はクリックするとすべて別窓が開き、大きいサイズで見られます。

勤務先から歩いて5分くらいで、隅田川沿いのテラスに行けるので、まずそこに行ってみました。
浜離宮の木立
隅田川を挟んで、築地の中央卸売市場と、浜離宮が見えました!
上の画像の中央部分のこんもりした木立が浜離宮、右側の川に面した建物が中央卸売市場です。

勝鬨橋
勝鬨橋を渡って、築地に向かいました。
昔はこの橋の中央部が情報に開いたそうです。橋が開いた様子はさぞかし迫力があったでしょう。
わたしの身近な人で勝鬨橋を開いたのを見たことがある人が誰もいないのが残念です。

榎本釜さん、中島三郎助が教鞭をとった軍艦操練所跡の案内板は、築地中央卸売市場の駐車場の入口前、築地6丁目の交差点の近くにあります。
築地軍艦操練所跡

6月18日に見に行った時は、この記事のトップにアップした背景が黒い案内板でしたが、それから一週間も経たないうちに、新しい案内板になっていました。今度は江戸時代の築地の地図が載っています。(下の画像ではちゃんと案内板の文字が読めます)
軍艦操練所跡の新しい案内板
軍艦操練所は、例によって今では影も形もありません。
「幕末歴史散歩 東京篇」によると、今は築地市場に隣接する国立がんセンターの敷地になっているそうですが…案内板が立っているところと国立がんセンターは結構離れています。
軍艦操練所が本当はどの辺りにあったのか、ちょっと調べてみようと思います。

波除稲荷神社の入口
上の画像は、波除稲荷神社です。
中央卸売市場のすぐ隣りにあり、今年で鎮座350年の由緒ある神社です。
きっと釜さんもお参りしたでしょう。
境内は狭いながらも、風情がありました。

波除稲荷神社
夏越祓の茅の輪があったので、くぐってきました。
3年前に木場で働いていた時に、富岡八幡宮でくぐってきた以来です。
これで厄払いできるといいんですが…

お歯黒獅子
上の画像は「お歯黒獅子」です。
これは平成になってから製作されたものですが、ご本殿には嘉永元年(1848年)に製作された獅子頭が奉納されているそうです。

海老塚
境内にはいかにも築地らしい塚が立っています。
その一つが、海老を供養する「海老塚」です。(上の画像)
他にも「活魚塚」、「すし塚」、「鮟鱇(あんこう)塚」、「玉子塚」が立っています。
当然ながらこれは築地に市場が出来てから建立されたものなので、それほど古くはありません。

わたしが勝どきで働き始める直前に、今年の夏越し大祭『つきじ獅子祭』が行われ、嘉永年間に製作された獅子頭が築地の町を巡行したそうです。
仕事を始める前は体が空いていたので、知っていれば見に行ったのに~と思いました。
神社の公式サイトでは禰宜の方が書かれているブログも見られます。ご興味のある方はどうぞ!

夕方の築地は場外市場の店もほとんど閉まって、閑散としています。
痕跡が残っていないところばかりとはいえ、築地は幕末史跡が多いので、機会を改めてきちんと廻りたいです。
  • [No Tag]

*Comment

NoTitle 

築地一度も行ったこと無いので一度行ってみたいですね。
軍艦繰練所に榎本さんや中島三がいたんですね。
波除稲荷神社も参拝したくなりました。
  • 勇春 
  • URL 
  • 2009年06月19日 20時08分 
  • [編集]

>勇春さん 

いつもコメントありがとうございます。

江戸時代の築地は大名や旗本の屋敷が多くあった地域でした。
軍艦操練所もある大名の中屋敷跡に建てられました。

今の築地は表通り(晴海通り)から一歩路地を入ると、魚介類を扱う店がずらっと並んでいて壮観です。
わたしが行った時は夕方だったのでほとんど店は閉まっていましたが、朝から昼にかけてはさぞかしにぎやかだと思います。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年06月20日 10時51分 
  • [編集]

NoTitle 

築地まで歩いて行かれる所にオフィスがあるのですね。看板だけであとかたもないのですね。先日の咸臨丸フェスのパネル展示で長崎の伝習所が閉鎖されて築地に移って来て、咸臨丸乗組員の第3期生はここで訓練を受けたと、初めて知りました。石碑だけでなく、何か当時の痕跡があるなら見てみたいところです。
  • 三浦あぼりじに 
  • URL 
  • 2009年06月20日 23時19分 
  • [編集]

>三浦あぼりじにさん 

勤務地が勝どきとわかった時に地図を見て、築地まで歩いていける距離なので、絶対に仕事帰りに築地に行く!と心に決めていました。
現在の勤務地から築地までは歩いて30分ほどかかったので、いい運動になりました(笑)

残念ながら、軍艦操練所の痕跡は何も残っていません。
東京の幕末史跡は痕跡すら残っていないところが多すぎです(涙)
でも、痕跡が残っていないとはいえ、築地は幕末史跡が多いので、機会を改めてきちんと廻りたいです。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年06月21日 00時48分 
  • [編集]

 

ごぶさたです。毎日忙しくあくせくしています。軍艦操練所、もう一度行かれて看板が替わっていて…いいものがとれましたね。まやこさんの探究心に期待しています。厄払いをしてまたまやこさんの持てる力を生かしたお仕事が見つかるといいですね。波除稲荷神社にはユニークなものがたくさんありますね!
  • 三浦あぼりじに 
  • URL 
  • 2009年07月18日 23時29分 
  • [編集]

 

>三浦あぼりじにさん

わたしは逆に今はのんびりしています(苦笑)
時間があるのをいいことに、平日に史跡巡りしたりしてます。
でも、途中で立ち寄った寺社では良い仕事にめぐり合えるようお願いしてきました。

築地の波除稲荷神社はなかなか面白かったです。
「玉子塚」は本当に卵の形をしています(笑)
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年07月19日 10時10分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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