Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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春の彼岸

20090320145844


17日から彼岸入りです。
幕末人墓マイラーの皆さま、ご自分の先祖のお墓参りに行きましたか?
わたしは今日、品川のとあるお寺に母方の祖母のお墓参りに行ってきました。
画像はお寺の本堂です。
実はこの本堂の裏山に幕末の超大物の墓所があります。

この先は例によってPCから追記です。

わたしの母方の祖母のお墓のあるのは、品川(最寄り駅は京急青物横丁駅)の海晏寺(かいあんじ)というお寺です。江戸時代は紅葉の名所として知られていたそうです。

母方の祖母は明治生まれの江戸っ子で、東京大空襲に遭いながらも一家全員奇跡的に生き残ったものの、戦後すぐに夫(わたしにとっては祖父)を亡くし、女手一つで母を含めた6人の子供を育て上げました。
晩年は長男(わたしにとっては伯父)一家と暮らし、余生を送っていましたが、わたしが小学生の時に亡くなりました。

母の実家は戦前まで東京・深川でろうそくを作る機械を製造する町工場を経営していたそうで、なぜ品川のお寺にお墓があるのかは、わたしは知りません。
お墓を管理している伯父に会う機会があったら、聞いてみようと思っています。
また、母の実家の家業を継いだ三男(わたしにとってもう一人の伯父)は、先日癌で亡くなり、家族で葬儀に参列しました。
伯父の息子(わたしにとっては従弟)は家業を継がなかったので、伯父の代で家業が途絶えてしまいました。(でも従弟はメカニックな仕事に従事しています)

前置きが長くなりましたが…
海晏寺には幕末・明治に活躍した人のお墓がいくつかあります。
その中に、岩倉具視と松平春嶽の墓所があります。
二人とも言わずと知れた幕末史の大物です。(佐幕派としてはちょっと…な人たちですが
祖母の法要で頻繁にお寺に行っていた頃は全くそのことを知らず、幕末に興味を持つようになってから知りました。
ただ、「上の墓地に偉い人のお墓がある」とは聞いていました。
海晏寺は本堂の裏山一帯の斜面に墓地があります。
わたしの祖母のお墓は斜面の中腹に、岩倉具視と松平春嶽の墓所は斜面の上の方にあります。

ただし!岩倉具視と松平春嶽の墓所はどちらとも非公開です。
松平春嶽の墓所は一般人の墓地の隙間から一部を覗くことができます(爆)
葵の紋が入った社?のようなものは見られますが、春嶽のお墓は見ることができません。
ただ、親族の墓に「正二位松平慶永」と刻まれているのを以前確認しました。
岩倉家の墓所に至っては、一般人の墓地から離れたところにあり、全く見ることができません。どうやら松平春嶽の墓所と隣り合っているようですが…
でも、昔は岩倉具視の墓にお参りできたようです。
海晏寺の近くを旧東海道が通っていて、旧東海道から海晏寺に通じる参道があり、そこに明治時代に海晏寺の住職が立てた「贈太政大臣岩倉公参拝道」という石塔があるので…
ちなみに今は旧東海道と平行して第一京浜が走っているので、参道は途中で切れています。

また、海晏寺には長州ファイブ(笑)の一人、山尾庸三のお墓もあるそうです。
…と言うのは、まだこの目で確認できていないからです。
寺務所に尋ねれば、お墓の位置を教えてくれるのかもしれませんが、小心者のわたしには聞くことができません。
墓地自体はそれほど広くないので、今日も花桶を両手に墓地を歩き回って、山尾家のお墓を探してみましたが、見つかりませんでした。
どなたか、山尾庸三のお墓の位置をご存知の方、こっそりご一報くださいませ。

もちろん、山尾庸三のお墓探しの前に、祖母のお墓参りをしました。
伯父か伯母が先に墓参を済ませているかと思ったら、わたしが一番乗りだったので、お墓を清めたり、花立の水を取り替えたりして、お花を供えました。
諸事情で墓参りに行けなかった母を見守ってあげてくださいと祖母と、祖父に手を合わせてお願いしました。(本当は亡くなった方に願い事をするのは良くないらしいのですが…)

祖母のお墓参りの後、旧東海道を少しだけ散策しました。
品川の旧東海道と聞いて、もしやと思われた方もいらっしゃるでしょうが…旧東海道沿いにある品川寺(ほんせんじ)の斜め向かいに歳さんが宿泊した品川宿の「釜屋」跡があります。
歳さんは慶応2年10月の東帰の際にここで昼食を取り、慶応4年1月には鳥羽・伏見の戦いで破れ、富士山丸に乗船して東帰した後、釜屋に宿泊しています。
今はマンションになっているので、わたしはそのマンションを「歳三マンション」と呼んでいます(笑)
歳さんが宿泊した「釜屋」跡
品川寺には、歳さんが見たかもしれないものが二つあります。
樹齢400年の大銀杏の木と、宝永年間に作られた江戸六地蔵の第一番尊があります。
また、幕末に万博の展示品として海外に流出し、その後、スイスのジュネーヴの美術館に所蔵されていることがわかり、昭和の初めに寺に返還された大梵鐘があります。
品川寺の地藏菩薩像
「釜屋」跡も品川寺も青物横丁駅の裏手と言っていい位置にありますが、幕末に興味を持つまでは存在すら知りませんでした。
何しろ、母と一緒にお墓参りしていた時は青物横丁駅から直接お寺に行き、お墓参りの後は合流した親戚と連れ立って、大井町で食事をしていたので、青物横丁を通る旧東海道を散策したことがなかったのです。

遅いランチを青物横丁駅のすぐ近くの、昔ながらの喫茶店で取ってから、国立西洋美術館で開催中の「ルーブル美術館展」を観るために、上野に行ったのが、わたしらしいです(笑)
最後に、海晏寺一帯の地図を貼っておきます。
この地図をご覧いただければお分かりでしょうが、旧東海道沿いには今もたくさんお寺があります。
道幅も昔の面影を残している旧東海道沿いの散策もいいものです。

海妟寺
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*Comment

はじめまして! 

私もお墓巡りをライフワークにしていますが、
墓マイラーという言葉ははじめて聞きました。
墓巡りは一人でするものだと思っていたのですが。。。
これも時代ですかね(笑)
  • しゃけ 
  • URL 
  • 2010年01月22日 12時44分 
  • [編集]

Re: はじめまして! 

>しゃけさん

レスが大変遅れてしまい、本当に申し訳ありません。
コメントを頂いてすぐにしゃけさんのサイトを拝見しました。
全国各地を掃苔の旅をされているのですね。

わたしはしゃけさんが関心のない幕末・明治に活躍した人達のお墓巡りをしています。
幕末ファン同志で行くこともありますが、一人でお参りする方が多いです。
「墓マイラー」の表現は歴史ファンの知人が使っていたのを拝借しました。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2010年03月02日 10時25分 
  • [編集]

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  • 2010年05月24日 20時31分 
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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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