Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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「珠玉の輿」展

遅ればせながら、先週末に江戸東京博物館で開催中の「珠玉の輿~江戸と乗物」展を見に行ってきました。

この展覧会の目玉は、アメリカのスミソニアン博物館に所蔵されていて、昨年の夏に天璋院篤姫が婚礼時に使用したものと確認された女乗物です。

展示会場の入口を入ったところに、大河ドラマで使用された女乗物が展示してあり、警備員が「これは大河ドラマで使用されたもので、本物の輿はもっと奥に展示してあります(といった内容)」と連呼していました(笑)
昨年の大河ドラマが終わっても篤姫ブームはまだまだ続いているようで、会場はとても混んでいました。

「珠玉の輿」展では、大名と、大名家・将軍家(篤姫含む)の女性が乗る乗物(輿、駕籠)が展示されていました。
大名(男性)の乗物の外装は至って簡素なのに対して、女性の乗物は外装も内装も本当に煌びやかでした。外装は美しい蒔絵、内装は絵画で飾られています。
正に「動く美の御殿」でした。
もちろん誰でも乗物に乗れたわけでなく、身分や格式によって規則がありました。
江戸時代において豪華な乗物に乗れることは、現代の高級車同様、ステータスシンボルでした。

乗物と共に、乗物の重さが掲げられていましたが、ゆうに50kgを越すものばかりでした。
大奥では「御末」と呼ばれる女性が乗物をかついだそうですが、女性がその重さの乗物を担ぐのは重労働だったに違いありません。

篤姫が婚礼時に使用した女乗物の隣に、江戸博所蔵の本寿院(13代将軍家定生母)所用の女乗物が並べて展示してありました。
篤姫の乗物と、本寿院の乗物は同じ工房で造られたそうですが、将軍御台所と側室の差は乗物に現われていました。
一見その差はわかりませんが、内装で描かれている「源氏物語」の一場面が篤姫の乗物に描かれている方がきちんと描かれているそうで、他にも細かい格差があるそうです。
ちなみに「珠玉の輿」展のチラシの表に載っている女乗物は、篤姫ではなく本寿院の女乗物です。(家紋が違うので見ればわかりますが…)

実用本位の男性の乗物、豪華な女乗物、どちらとも所用者の座るところが狭く、現代人に比べると、江戸時代の人々は体格が小さいことを示していました。
身長157cmのわたしが狭いと感じたのですから、幕末になって来日した欧米人にとって乗物はさぞかし窮屈だったに違いありません。

話を男性側にしまして…
元旦の大名の(江戸城への)登城風景は名物で、絵にもよく描かれているそうで、「珠玉の輿」展でも何点か登城風景を描いた絵が展示されていました。
乗物を護衛する供の者は、歩きやすいように着物の裾を膝上までたくし上げています。
歩いていて裾が落ちてこないようにするには、どうやってたくし上げていたんだろうか、とそれらの絵を見て疑問に思いました。(その辺りの事情、ご存知でしょうか?>はな。さん)

また、「遠山の金さん」として知られる(笑)遠山左衛門尉景元が江戸町奉行?だった頃にお上に提出した、乗物の使用許可願が展示されていました。
「痔のため馬に乗れないので、痔が治るまで乗物を使わせていただきたい。痔が治ったら、神仏に誓ってすぐに乗物を使うのをやめます」という内容です。
金さんクラスの旗本は、余程の理由がない限り乗物の使用はできなかったようです。
それにしても現代でも、老若男女問わず痔に悩む人は多いですが、江戸時代の人、しかも、あの金さんも痔に悩んでいたのですね。

話を戻しまして(笑)、和宮が明治維新後、京都に戻った時に使用していた輿も展示されていました。
この輿は篤姫や本寿院、徳川家の女性が使用していた女乗物と、かなり外見が異なっていました。
公家が使っていた牛車のような形とでも言えばいいのでしょうか。
やはり和宮は自分の出自に強くこだわっていたようです。
また、昨年江戸博が新たに発見したものも含めて、和宮の婚礼調度品が展示されていました。
和宮の婚礼調度品は以前、江戸博で開催された「江戸城」展で見たことがありますが、多分それとは別物だと思います。高貴な身分の女性は何種類も調度品セットを持っていたんでしょうね…

手元に「珠玉の輿」展のチケットしかなかったので、常設展示室は見るつもりがありませんでしたが、常設展示室内で開催されている企画展「徳川家ゆかりの女性展」、「絵に見る春夏秋冬~江戸東京の一年~」が面白そうだったので、常設展示室のチケットを買って見てしまいました(笑)
それなら、最初から特別展・常設展共通券を買えばよかった~と思いました。

「徳川家ゆかりの女性展」は将軍の正室、側室、徳川家で生まれた女性、明治以降の徳川公爵家を取り上げていました。
「珠玉の輿」展と内容が連動しているので、こちらでも篤姫、和宮の所用の品々が展示されていました。
「徳川家ゆかりの女性展」を見る前に、ミュージアムショップでこの企画展の図説をチラ見して、篤姫所用の本が展示されていると知り、もしかして大河ドラマの中で読んでいた本かなと思いましたが、実際は香道の教本?でした。
実在、大河、どちらの篤姫も、香道をする(というのでしょうか)ようには思えませんが、将軍御台所の嗜みとして香道を教わっていたのでしょう。
展示会場に掲げられていた女性たちの簡単な経歴を見つつ、わたしの徳川家の女性に関する知識はTVの歴史番組から得たものばかりだなと思ってしまいました(苦笑)(ドラマではありませんが)

「絵に見る春夏秋冬~江戸東京の一年~」展もなかなか楽しめました。
江戸、東京の風景、名所、年中行事を春夏秋冬、月毎に描いた絵が一年分まとめて展示されていたので見ごたえがありました。
個人的には月毎に季節の風物を交えながら、江戸の人々を描いた絵が興味深かったです。
様々な職業の人々が描かれているのですが、もしもわたしが江戸時代に生まれていたらどんな職業についていただろうと思いながら見ていました(笑) (奥女中ではなさそう・苦笑)
また、明治時代の東京の名所の描いた絵では、1月は皇居と靖国神社が描かれているのに時代を感じました。
でも、江戸、明治、大正、昭和と時代が移り変わっても、春は隅田川で花見、夏は両国の花火見物、というのが江戸っ子(東京人)の定番だと、絵を見ていてつくづく思いました。
生まれも育ちも東京なのに、わたしは隅田川の花見も両国で花火見物もしたことがないので、今年こそはどちらかを体験したいです。

これまで江戸博の特別展では和物、洋物を含めて、豪華な品々を見てきましたが、「江戸東京博物館」と名乗るからには、常設展だけでなく特別展でも江戸時代の庶民の暮らしに焦点を当てた展覧会を見てみたいです。
願わくば、オランダ・ライデンのシーボルトハウスや国立民族学博物館に展示、所蔵されている江戸時代の日本に関するコレクションを見たいです。
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*Comment

 

「珠玉の輿」展見に行かれましたか。行きたいのは山々なのですが、どうもスケジュールが合わず、最近は横浜に行く用事ばかりあって…やはり、混んでいるのですね。できることならゆっくりじっくり鑑賞したいものですね。私が江戸東京博物館に行って浮世絵を見た時も、企画展のチケットだけ買ってしまい、常設展は見ずじまいでした。買う前に売る方も、「常設展はよろしいですか」とか聞いてくれればいいのにね!後から常設展も見たい人はセット料金との差額分だけ払えばいいとか、策を練ってもらいたいものです。
  • 三浦あぼりじに 
  • URL 
  • 2009年01月25日 19時00分 
  • [編集]

>三浦あぼりじにさん 

「珠玉の輿」展は、わたしが見に行った日は館内で「珠玉の輿」関連の講演があったのもあって、一層混んでいました。
わたしは一人で見に行って、イヤホンガイドで説明を聞きながら見に行ったので、見るのに2時間くらいかかりました。

江戸博の常設展示は大人も無料で見られるようにしてほしい、と思っています。
以前、このブログの別の記事に書きましたが…フランス・パリのミュゼ・カルナヴァレという、パリ市の歴史博物館は昔は入館料を取っていましたが、今は無料で見られます。
展示の内容はとても充実していて、建物も17世紀の有名な女流作家の邸宅を使っていて雰囲気たっぷりで、不安定なデザインの江戸博とはえらい違いです。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2009年01月26日 22時59分 
  • [編集]

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超!篤姫

何気にはまってる篤姫。インターネットには沢山の篤姫に関連したブログやHPがあり...
  • from 篤姫 
  • 2009年01月25日 12時50分

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プロフィール

まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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