Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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和蘭旅行記 2008年9月17日(水) 其ノ弐

「2008年9月17日(水) 其ノ壱」の続きです。

ハーグ中央駅から列車で約15分ほどでライデン中央駅に着きました。
駅が思ったより大きく、構内に大勢の人が行き交い、「ライデン大学へようこそ!」の垂れ幕がかかっていました。
ライデンの街の規模はハーグよりずっと小さいですが、街の中心部に向かう道はにぎやかで、さすが大学のある街だと思いました。
パリのカルチェ・ラタン(ソルボンヌ大学を中心にした学生街)に雰囲気が似てますが、ライデンは運河がいくつもあるので、空が広く開放感があります。

オランダ政府観光局のライデンの観光マップはこちらです。

わたしがライデンで泊まるHotel de Doelen(ホテル・デ・ドゥーレン)はライデン中央駅から徒歩10分くらいで、ホテルまでのルートは事前に調べていたので迷うことなくたどり着き、午後1時のチェックインに間に合いました。
ハーグでの反省を踏まえ、今度は落ち着いてチェックインできました。

ライデンで3泊したHotel de DoelenHotel de Doelenは1630年代に建てられた貴族の館を転用したホテルで、シーボルトハウスや、西周や津田真道が師事したフィッセリング教授の家があるラーペンブルフ運河沿いにあります(左の写真)。
地の利がいい割には宿泊料金が良心的だったので、ここに泊まることにしました。
わたしの部屋は地上階の中庭に面したツイン(のシングルユース)の部屋でした。
ハーグのホテルと違い、部屋は至って普通でしたが、妙に広かったハーグのホテルに慣れてしまったので、ライデンのホテルは狭く感じられました。
湯沸かし器にインスタントコーヒーのセットがあったので、コーヒーを入れ、カロリーメイトを食べて休憩しました。
ライデンはオランダ留学生の下宿先以外にも行きたいところが多いので、ライデンの地図や資料を見つつ行く場所を検討しました。

toro_devalk.jpg一息ついてから、上からライデンの街並を眺めたくて、ライデンにある風車の一つ、デ・ファルク(De Valk)に行ってみました。
デ・ファルクは1743年に建造された風車で、オランダ留学生も見学に訪れたらしく、今は風車博物館になっています。 De Valkはオランダ語で「隼(はやぶさ)」という意味です。
風車はオランダのシンボルですが、わたしはオランダに来て風車を車窓から見たことはあっても、間近で見たのはこれが初めてでした。
風車には様々な型があり、ライデンのデ・ファルクは「ステリング型」という型で、十分な風を受けられるように周囲の建物より高く造られて、内部は7層です。
なので、漠然と頭に思い描いていた風車より大きかったのに驚きました。 井上トロにわたしの驚きを表現してもらいました(笑)

地上階には風車守の居住空間がありました。
狭いながらもなかなか居心地の良さそうな居間や、風車守の事務室がありました。
部屋に飾られていた肖像画の主は1820年代生まれだったので、きっとライデンにやって来た日本人の存在を知っていたでしょう。
また、台所に「エマ」(ヴィクトリア朝末期のイギリスが舞台のマンガ)で見たのと同じ台所用レンジがあったのがツボでした(レンジの上に描かれた絵にも注目!)。
下の写真は左から部屋に飾られていた肖像画、台所用レンジ、風車守の事務所の机です。
デ・ファルクの風車守の居住空間  デ・ファルクの風車守の台所用レンジ(多分19世紀のもの)  デ・ファルクの風車守の事務所
  
それから階段を登って、内部を見学しました。
階段は大坂の適塾の階段よりも急でした(わかる人にはわかるかと)。何しろ、降りる時は後ろ向きで降りるようにと注意書きがしてあるほどです。
スカートを履いてこなくてよかった~とつくづく思いました。
風車の中には、風車の模型や風車の仕組みを説明したパネルがありました。英語の説明もあるので、わたしにも何とか読めました。
風車は様々な用途に使われたそうですが、デ・ファルクはオランダで一般的な粉挽き風車です。
デ・ファルクの内部構造  風車の模型

階段より怖かったのは、外に面している足場です。
この足場に上って、風車守は風車の羽根の向きを変えたり、メンテナンスをするそうです。
今は見学者も足場に上がって、そこから見えるライデンの街並を眺めることができます。
ところが木で出来た足場の床は、下がスカスカ丸見えで、高所恐怖症のわたしには怖くて、手すりに近寄って眺望を楽しむ余裕がありませんでした(汗)
しかも、風車の大きな羽根が近くでびゅんびゅん回っているので、怖さも倍増でした。
でも、建物の窓からライデンの街を眺めた時は、この景色をオランダ留学生も眺めたのね~と思う余裕はありました。
下の写真は左から、羽根の向きを変える巻き上げ機と足場、風車の羽根、窓から眺めたライデンの景色です。
羽根の向きを変える巻き上げ機  デ・ファルクの羽根  デ・ファルクの足場からの眺望
  
見学の最後に売店で「南ホーラント州の風車訪問」というガイドブック(日本語版)を買いました。
この本を読んで、風車なくして現在のオランダが存在しえないことがよくわかりました。
風車の外に出て、しばらく色んな角度から風車の写真を撮りまくりました(笑)
デ・ファルク全景(その1)  デ・ファルク全景(その2)

それから、オランダ国立民族学博物館に行ってみました。
ここでは東洋をはじめヨーロッパ以外の民族の文化・歴史に関する展示を見ることができます。
シーボルトをはじめ、長崎の出島にいたオランダ人が集めた日本に関する膨大なコレクションがあります。
昨年末から今年の初めにかけて江戸東京博物館で開催された『ギザ貪欲!北斎くん展』『北斎 ヨーロッパを魅了した江戸の絵師』展で展示された北斎の水彩画はオランダ国立民族学博物館から里帰りしたものです。

国立民族学博物館は建物は古めかしいのに、内装や展示が実にスタイリッシュで、正にダッチデザインの極みを見ているようでした。
他の国の展示はほとんどスルーし、日本に関する展示をじっくり見ました。
異国にいて、古い日本の品々を見るのは新鮮でした。幕末を通して「江戸時代」に興味を持ったので尚更です。

日本の展示室に入ってまず目に付くのは、五体の仏像と壁に映し出された出島の地図です。
出島の地図で、数日振りに漢字を目にして思わず「長崎奉行が…」と口に出してしまいました(笑)
仏教と神道について館内のPCの画面で説明がありました。仏教の説明で京都のお寺だけでなく増上寺が登場したのに驚きました。オランダまで来て増上寺を見るとは思いもよりませんでした。
また、日本の工芸品(陶器・漆器)や書、茶道具一式、根付、鎧、刀、工具など数々の日本の品々が展示されていました。『天璋院篤姫展』で展示されたようなお歯黒セットもありました!
日本に残っている同時代の品より質の高いものが展示されていると感じました。
PCの画面で展示品に関する詳しい解説が読めるのも親切でした。(英語表示あり)
国立民族学博物館のWEBサイトでも同じ解説が見られますので、ご興味のある方はご覧ください。

他の国の展示をざっと見た後、ミュージアムカフェでお茶しました。
オランダでは紅茶はティーパックが主流です。怪しげなフレーバーもありましたが、無難なシナモンティとチョコマフィンを注文しました。
お茶しながら、無印の手帳にその日の出来事を書いていきました。

国立民族学博物館のライデンの観光案内所でライデンの地図を買った後、ここから近そうな、アムステルダムで客死した職方の大川喜太郎のライデンでの下宿と、ライデンの留学生が写真を撮ったホフメイスター写真館に行ってみました。
アウデ・ウエスト運河 どちらもアウデ・ウエスト(Oude Vest)運河のほとりにあります。
運河沿いを歩いていて、現代の日本に住むわたしにもライデンの街並は別世界に思えましたが、「木と紙で出来た」幕末の日本からやって来た留学生は「この世にこんな世界があったのか!」と思ったに違いありません。
逆のことを、オランダ人は北斎の水彩画に描かれた江戸の街並を見て感じたでしょう。
大川の下宿先とホフメイスター写真館については別記事に書きますが、大川の下宿先はアムステルダム同様、現存していたとだけ申し上げておきます。

ここで一旦ホテルに戻って、一眠りしました。
何だかんだで一日中歩き回っていたので疲れていました。
市内の中心にホテルを取ると、市内散策の後に戻って休憩して、それからまた動けるのがよいです。

一眠りした後、夕食を買いに再び外に出ました。
とあるサイト(後程ご紹介します)に載っていた中華レストランでテイクアウトしようと、ホテルのすぐ近くを通るメインストリートの一つ、ブレーストラートを歩いていたら、インターネットカフェを見つけました。
ハーグではネットカフェは結局見つかりませんでしたが、ライデンは学生の街なのでありました。
ちょっとだけ怪しげな雰囲気でしたが、30分1ユーロと割安だったので入ってみました。
海外のネットカフェは受付でログインパスワードをもらってから、好きなPCを選んでWEBにアクセスするようになっています。
ログインパスワードがわからず、ログインに少々手間取りましたが、アクセスに成功しました。でも、やはり日本語は読めても、日本語は入力できませんでした。
Yahoo!Japanで日本のニュースをチェックしたり、自分のブログに記事をアップしたりして、30分をフル活用しました。

それから、ブレーストラートにあった、オランダ留学生が最初に滞在したホテル「ホテル・ド・ハウデン・ゾン」を探していたら、ホテルの隣りにあたる建物にあるデリカ「easie」でお寿司セットが売っているのを見つけました。
日本食に飢えてはいませんでしたが、久しぶりに食べてみたくなりました。
お寿司セットは何種類かありましたが、その中に何と「Otaru」というセットがありました。内容はカリフォルニアロールでしたが(笑)、値段が手ごろだったので買ってみました。
ライデンで買ったお寿司 'Otaru set'
Otaru(小樽)が寿司で有名だと知っていて、この名前をつけたんでしょうか。
また、釜さんは自分が留学した街で、自分が開発に関わった街の名前がついたお寿司のセットが売っていると知ったら驚くでしょうか。(「easie」はライデンだけでなくハーグにも支店がありました)
Otaruセットのカリフォルニアロールは日本で食べるのと変わりない味で、 醤油とガリもついていました。
緑茶を持ってきてよかった~とつくづく思いました。

まだまだ続きます…
  • [No Tag]

*Comment

 

こんにちは。
17日にライデンに到着していたのですね!
17日は私もライデンにいたので、入れ違いだったというのは私の勘違いでした。私は19~20日にちょっとアントワープまで足を伸ばしていて、その間にライデンに滞在していらっしゃったのかなと勘違いしたんです。
しかもお宿はDe Doelenとな!
その日の夕方、シーボルトハウスのあたりをウロウロしていたので、本当にどこかですれ違っていたかもしれませんね。実はその日から数日、職場の上司がその宿に泊まっていたはずなのですよ(笑)。
私のライデン滞在はお仕事で、観光はほとんどできなかったので、記事を拝見するのが楽しいです。
風車博物館も行ってみたかったな~。

Breestraatのデリカでお寿司を売っていたとは気づきませんでした。
そういえば、ユトレヒト駅でもお寿司のお店がありました。
やっぱりそんな風に地名の付いたいろんなセットがありましたよ。
  • ak 
  • URL 
  • 2008年10月20日 21時38分 
  • [編集]

 

>akさん
わたしは仕事で海外に行ったことがないので、そういうのに憧れます。

なんと、17日にライデンに滞在されていたのですね。
わたしは17日にライデンに到着して、18日は丸一日ライデンの市内を散策しましたが、日本人の姿は見かけませんでした。
ブレーストラートは何度となく通り、ハールレムメル通り(歩行者天国の繁華街)も通ったんですが…
てっきりライデンには日本人はいないとばかり思っていました。

De Doelenにakさんの上司の方は実際に宿泊されたのでしょうか。
朝食の時に日本人は見かけませんでした。

ブレーストラートのデリカは他のメニューも美味しかったです。
ライデンの夜ご飯はすべてここで調達しました(笑)
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年10月20日 23時24分 
  • [編集]

 

お返事ありがとうございます。

確かに、ライデンでは、ハーグやアムステルダム、ユトレヒトなど他の観光地に比べて、日本人を見ることは少なかったですね。
滞在していた2週間の間、明らかに観光客と分かる日本人は2組しか見かけませんでした。あとはライデン大学関係者の日本人や、ライデン大学に留学している日本人学生でしたし。

17日だったか18日は、日本から大学生や高校生のグループが来て、ライデン大学日本語学科の学生と交流し手痛そうですよ。でも、そういった予定があると聴いていた私も、日本から来た学生達と遭遇することはなかったですしねえ。
私もBreestraatやHaarlemmerstraatはよく歩きましたが、仕事の関係で、一般商店の開店前か閉店ギリギリの時間帯にしか行けなかったので、まやこさんとすれ違うチャンスは少なかったと思います…。
それに、ほんの5分違っただけでも、お互い気づけませんものね。
上司はその日からDe Doelenに確かに泊まったのですが、時差ぼけでしんどいとかぼやいていましたので、朝食の時間もずれていたかもしれませんね。
(私は上司より一足先にライデン入りしていたので、朝早くから建物内に閉じこもってお仕事していました/笑)

前のコメントでは書き忘れましたが、風車博物館にあった、「エマ」に出てくるような台所用レンジのお写真、私もツボでした(笑)。
「エマ」の世界、いいですよね。

ところで、ライデンのネットカフェで日本語入力できなくて苦労なさったようですが(欧州のネットカフェで日本語入力できることはまずないですよね)、Ajax IMEの存在はご存じですか?(Ajax IMEで検索すればわかります)
ブラウザさえあれば使える日本語変換システムで、私も海外でネットするときは重宝しています。
  • ak 
  • URL 
  • 2008年10月21日 20時08分 
  • [編集]

 

>akさん
2週間ライデンに滞在されていても、日本人観光客を見かけることは少なかったのですね。
ライデンはアムスよりスキポール空港に近くて、街の規模の割には見所が多いのに、日本人観光客が少ないのは残念です。
でも、逆に日本人観光客擦れしてなくていいかもしれません。

わたしはDe Doelenに3泊して、朝食を早い時は午前7時半過ぎ、遅い時は午前8時頃に食べてましたが、akさんの上司の方は9時過ぎに食べていたのかもしれませんね。
De Doelenの朝食は、先にご紹介したハーグのホテルの朝食よりは内容が少なかったです。

「ブラウザさえあれば使える日本語変換システム」があるのは知っていましたが、その頁をYahooブックマークに控えるのを忘れてしまいました。
パリには日本語入力が出来るネットカフェがありましたが、普通のネットカフェより料金が高かったです。

ところでakさんは「エマ」がお好きなんですか?
わたしは基本的にフランスびいきですが(その割にはオランダに行きましたが)、「エマ」は別で、コミックスを全巻持っていますし、アニメも第一部は見ました。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年10月22日 01時14分 
  • [編集]

 

ライデンは、見どころも多く、景色も美しい古い町にもかかわらず、観光客も多くなくて、のんびりしたところが好きになりました。治安も良かったですし。
最盛期にはアムステルダムと同じかそれ以上に栄えていたというのも納得の町並みでした。
私が泊まったB&Bのオーナーが「ライデンは小さなアムステルダムみたいなもの、歴史的な建物、路地、運河、風車…アムステルダムにあるものはみんなライデンにあるわ」と言っていたのですが、その通りかも…と思いました。
日本人は、シーボルトハウスに行くくらいでしょうか? ライデン大学本部に行く人もいるようですが、今は改修工事中で立ち入れませんし…。

「エマ」、大好きなんです。
メイドではなく、ヴィクトリア朝の雰囲気が大好きで。
アールヌーヴォー期のフランスとか、19世紀末の雰囲気が好きなんですよ。
日本でも、明治~大正期のモダンな建築とかデザインとか、すごく惹かれます。
恥ずかしながら、幕末の歴史そのものには疎いんですけど。
  • ak 
  • URL 
  • 2008年10月22日 22時44分 
  • [編集]

 

>akさん

>ライデンは、見どころも多く、景色も美しい古い町にもかかわらず、観光客も多くなくて、のんびりしたところが好きになりました。治安も良かったですし。

わたしも全く同感です!
これまで旅行したヨーロッパの他の国では田舎町でない限り、常にスリに対する警戒心で緊張して歩いていましたが、ライデンやハーグでは日本の地方都市で史跡巡りするようにのんびり街を散策することができました。
また、akさんが泊まられたB&Bのオーナーの仰る通りだとわたしも思います。

ライデンにB&Bがあるとは知りませんでした。
居心地はいかがでしたか?

ライデンではもちろんシーボルトハウスにも行きましたが、日本人があまり行かないようなマニアックなところにも行きました。
ライデンレポの続きはもうしばらくお待ちください。

わたしも「エマ」に描かれているヴィクトリア朝の雰囲気が大好きです。
ドルトレヒトで、建物の内装が19世紀後半の「シモン・ファン・ヘイン美術館」を見に行きましたが、「エマ」好きにはたまらない場所でした。
(まるで規模の小さなジョーンズ家のようでした・笑)

アールヌーボーの世界も好きなので、ハーグで思いがけずアールヌーボー建築をたくさん見られてうれしかったです。
日本でも明治から大正にかけての建物を見て歩くのが好きです。

長年こういう趣味だったので、自分が幕末にハマるとは全くの予想外でした。(幕末には2年半ほど前からハマりました)。
幕末は様々な視点からアプローチできるのが特徴だと思います。
わたしが幕末にハマったのは土方歳三のファンになったのがきっかけですが、今では主に幕末の日本と海外との交流という点から幕末史にアプローチしています。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年10月23日 14時45分 
  • [編集]

 

なんだか延々とコメントを続けていて、すみません。
オランダ旅行記からこのブログにお邪魔していますが、過去のブログ記事も、少しずつ拝見しております。
新撰組については不案内なのですが、興味深く拝見しています。

ライデンのB&Bはそれほど多くはありませんが、旧市街の中心部にも数軒ありました。
私が泊まったのは市庁舎に近い細い路地(Breestraatを挟んでライデン大学方面)にある17世紀の建物でした。土地の狭いオランダの旧市街にある古い民家の典型で、部屋は広いほうではありませんが、ゲストは1組のみで、家庭的なもてなしでくつろげましたよ。
オーナーが料理好きの方で朝食がとても立派だったのが印象的でした。

私がオランダで中心的に見てきたのは、16~17世紀の歴史(日本との関わりを含めて)で、幕末の視点はあまりなかったので、まやこさんが探された留学生の下宿跡は興味深いです。
私は現在、仕事で長崎に住んでおり、その関係でオランダとも接点ができたのですが、もしまたライデンに行けることがあったら、今度は幕末の留学生やオランダから招聘した教授陣についてももっと注意して見てきたいなと思います。
  • ak 
  • URL 
  • 2008年10月23日 23時52分 
  • [編集]

 

>akさん
コメントの内容が記事から外れているわけでないので、コメントが続いてもOKですv-410

ゲストが一組だけのB&Bとは実にアットホームですね。
オランダはB&Bだけでなく、ホテルも朝食は充実していると思います。
わたしが何回か行ったフランスだと安いホテルでは、朝食はパンと飲み物ぐらいしかないので、チーズやハム、ゆで卵(やスクランブルエッグ)があるオランダの朝食が豪華に思えました。

akさんは長崎にお住まいなのですね。
昔、家族旅行で長崎に行ったことがありますが、その頃は幕末やオランダには関心がなかったので、今、長崎に行ったら興味深く長崎の街を見て回れそうです。

これまで紹介した、オランダ留学生の下宿先は、わたしが調べたのではなく、宮永孝氏という東西交渉史の研究者が書かれた「幕末オランダ留学生の研究」という本に載っています。
この本なくして、オランダ留学生の下宿先を探すことはできませんでした。

>今度は幕末の留学生やオランダから招聘した教授陣についてももっと注意して見てきたい
…とのことですが、オランダから招聘した教授陣については「長崎海軍伝習所」(藤井哲博著・中公新書)という本に書かれています。
よければ、お読みくださいませ。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年10月24日 18時37分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

もし記事の内容に間違いを見つけましたら、鍵付コメントか下のメールフォームにてご指摘ください。
本文に全く関係のないコメント・トラバは見つけ次第即削除します。
WEB拍手のコメント返しは、拍手をいただいた記事につけます。

結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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