Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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和蘭旅行記 2008年9月16日(火) 其ノ弐

「2008年9月16日(火) 其ノ壱」の続きです。

「ドゥドック」のレモンタルト パレードを見終わった後、ようやくKさんがお勧めのカフェ「Dudok(ドゥドック)」に行ってみました。
ここは観光局と同じ建物内にあって、入りやすい雰囲気です。
ランチ代わりに、ガイドブックにも載っていた名物のアップルパイでなく、あえてお店の名前のついたレモンタルトを注文してみました。
ほど良い甘ずっぱさ、上に載ったメレンゲが甘さ控えめで美味しかったです!
この後、オランダでいくつかスイーツを食べてみましたが、どれも甘さ控えめでした。

一度ホテルに戻って、靴を履き替えました。
1週間以上ヨーロッパを旅行する時は靴を2足持っていきます。
今回はいつも史跡巡りの時に履いているウォーキングシューズと、履き慣れた革靴を持っていきました。
パレードの時は革靴を履いていましたが、これからスヘフェニンゲンに行くのでウォーキングシューズに履き替えてみました。(履き替えた理由は後ほど)

ノールドアインデ宮殿 それから、午前中に散策し損ねたノールドアインデ宮殿前の通りに行ってみました。
宮殿の内部の見学はできないので、正面玄関から眺めるだけでした。 (右の写真)
バルコニーに花飾りがありますが、このバルコニーからベアトリクス女王と皇太子夫妻が挨拶(と言うよりお手振り)されたそうです。(翌日、新聞を読んで知りました)

パレードの時の人出がウソのように閑散としていたので、通り沿いのアールヌーボー建築を見ることができました。
ハーグの街のアールヌーボー建築はウィーンに比べると地味ですが、かえって街並に溶け込んでいるのがよいです。
また、この通りにはわたし好みのアンティークショップや古書店、雰囲気の良いレストランやカフェがあって、さすが宮殿前の通りと思わせる趣がありました。
下の写真は左から(内田恒次郎の下宿があった)ホーヘストラートのアールヌーボー建築、ノールドアインデのアールヌーボー建築、向かいのアンティークショップの店頭にあった鏡に自分を写してみました(笑)(顔は隠れています)
ホーヘストラートのアールヌーボー建築  ノールドアインデのアールヌーボー建築  2008voyage_haag34.jpg

更に足を伸ばして、オランダ留学生が和服姿で写真を撮りに行ったプロンク写真館があったウィレムストラート、澤太郎左衛門の下宿があったホーヘ・ニューストラートに行ってみました。(詳しくは別記事
ホーヘ・ニューストラートではテレビ局の機材の搬出をしている人たちを見かけました。
何の撮影だったんだろうと思いつつ通りを歩いていましたが、夜、テレビのニュース番組を見て謎が解けました。
近くのランヘ・フォールハウト(前々日にアンティーク&古本市が開かれた緑の広場)をパレードと女王陛下の馬車が通ったことがわかりました。TV局の機材はこの撮影のものでした。
ランヘ・フォールハウトには観覧席が仮設され、観客はそこでパレードを見物したそうですが、きっと行列から離れていて、わたしのように間近に見ることができなかったと思いました。

それから、トラムに乗って15分程のスヘフェニンゲン(Scheveningen)に行きました。
スヘフェニンゲンは澤太郎左衛門が海水浴したり、オランダ留学生がたびたび遊びに行った海岸です。(紹介記事はこちら
澤さんは開通したなかりの鉄道馬車(ホーストラム)に乗ってスヘフェニンゲンに行ったそうですが、わたしが乗ったのは電化された路面電車です(後ほどトラムの写真が登場します)。
ハーグの市街地とスヘフェニンゲンの間には森が広がっています。
オランダに来て深い木立を見ていなかったので、新鮮な気分になりました。

海辺のスヘフェニンゲンはハーグよりも風が強くて寒かったです。
トラムを降りてすぐにコートを着ました。
スタイゲンバーガー・クールハウス・ホテル スヘフェニンゲンの顔は何と言っても、スタイゲンバーガー・クールハウス・ホテル(Steigenberger Kurhaus Hotel)です。
1818年に公衆浴場としてオープンし(澤さんなら知ってるかも)、1885年に大型ホテルとして営業を始めた歴史があります。
これぞ海岸保養地の高級ホテル!という感じでドーンと建っていました。

シケーフェニングの砂浜(その1)まずは澤さんが海水浴した砂浜に下りてみました。オフシーズンなので人はまばらでした。
海外の海岸に行ったのは初めてなので、テンションが上がりました(笑)
北海に面した砂浜はどこまでも続いていて(といっても数キロですが)、日本であまり海水浴に行ったことがないわたしには新鮮な眺めでした。
砂は白っぽくサラサラしていて、足が砂に埋まり、歩くのに苦労しました。でも、ウォーキングシューズに履き替えてよかったと思いました。
しばし波打ち際を歩き、打ち上げられた貝殻を拾い、北海の波と戯れました(笑)

そして、知人からお借りした『幕末オランダ留学生』の澤さんの海水浴の件を読んでみました。
澤さん曰く「シケーフェニング海岸は遠渚で、海岸には滞在館(バットホテル)が五軒あった」そうですが、現在のスヘフェニンゲンの海岸には、クールハウスの手前、海岸に面してたくさん海の家や、レストランや土産屋が建ち並んでいて、思ったよりも庶民的な雰囲気でした。
そして、砂浜に並ぶポールにはディック・ブルーナのキャラクターが掲げられていました。もちろんミッフィー(オランダでは「ナインチェ」)もありました。
わたしとしては、澤さんだけでなく釜さんも海水浴したと思いたいです(笑)
シケーフェニングの砂浜(その2)  シケーフェニングの砂浜(その3)

砂浜を散策した後、海の上に突き出た「デ・ピア(De Pier)」という建物に行ってみました。
海の上にガラス張りのプロムナードがあって、その先端に展望台やレストランやカジノがあります。
初代は1900年に出来たそうで、スヘフェニンゲンの古い写真によく登場しています。
今のデ・ピアは二代目です。 上のわたしの代理の後ろに写っている、海上の建物です。
プロムナードの中に土産屋がいくつもありましたが、品揃えがベタなのに笑えました。
昔懐かしい自分で記念コインを作る機械があったので、作ってしまいました(笑)

デ・ピアの先端に割と気軽に入れそうなカフェレストランがあったので、そこで休憩したかったのですが、そろそろ閉店時間と言われ、入れませんでした(午後6時前だったんですが…)。
仕方なくプロムナードの上のデッキを歩いて海岸の方に引き返しましたが、吹きさらしのデッキは寒かったです。半そでの服を着たトロは寒そうでした(苦笑)
でも、デッキからの眺めは良かったです。 スヘフェニンゲンの海岸の1枚目の写真はデッキから撮ったものです。

それから海岸に並ぶレストランで、コーヒーとアップルパイのお得なセットがある店を見つけたので、その店に入り、ケーキセットを注文しました。
またケーキを食べていると思われそうですが(笑)、夕食には早かったのです。
海岸にあまり人がいなかった割には、レストランにはそこそこ客が入っていました。
風の強い砂浜を歩いて疲れた身には、温かいコーヒーと程よい甘さのアップルパイは美味しかったです。

オランダ留学生はスヘフェニンゲンに何度も遊びに行ってますが、スヘフェニンゲンの海岸に品川や深川洲崎の海岸を重ねたのかもしれません。

帰りもトラムに乗ってハーグ市内に戻りました。
ハーグ市内に向かうトラムの行き先はデルフトでした。 スヘフェニンゲン~ハーグ中心部~デルフトのルートです。
ハーグとデルフトは近く、ハーグ中心部から列車で15分、トラムでは30分ほどでデルフトに行けるそうです。
下の写真はスヘフェニンゲン行きのトラムです。
ハーグのトラム
ハーグのトラムは日本のように次の停留所をアナウンスするので、Scheveningenをどんな風に発音するのかアナウンスに耳を傾けてみました。
Scheveningenは日本語で表記しづらい発音らしく、本によって表記がバラバラです。
これまでわたしは「スヘフェニンゲン」と表記してきましたが、これは手持ちのガイドブックでの表記で、「スヘベニンゲン」「スヘーファニンゲン」、ネタとして「スケベニンゲン」(笑)と表記されているものもあります。
それで、トラムのアナウンスを聴いたところ、Scheveningenの発音は澤さんが書き残した「シケーフェニング」に近いように思えました。赤松も「シケーフェニンフ」と書いています。
オランダ語の発音は本当に難しいです。

一旦ホテルに戻ってから、アルベルト・ハインで夕食用のチキンカレーサンドとリンゴを買いました。
節約したかったのと、一日に2回もケーキを食べた上に、夕食をレストランでがっつり食べたら太りそうだと思ったからです。
旅はまだ続いても、ハーグで過ごす夜はこれが最後だと思うとちょっと寂しかったです。

まだまだ続きます…
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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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