Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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和蘭旅行記 2008年9月16日(火) 其ノ壱

オランダを旅してから1ヶ月が経ちました。
1ヶ月前はかの地にいたんだなぁ…とちょっと切なくなります。

2008年9月16日(火)ハーグ 天気:晴れのち曇り

この日はハーグで、年に一度の国会開会のパレード(オランダ語でprinsjesdag)が開催されました。
以前にもご紹介しましたが、オランダ政府観光局のサイトによると、以下の通りです。

金の馬車に乗った女王陛下が、ハーグ市内にあるノールドアインデ宮にある執務室から国会議事堂(ビネンホフ)までを黄金の馬車でパレード。議事堂内の騎士の間で国会開会の宣言を執り行う。

prinsjesdagの公式?サイトによると、このパレードは18世紀後半から行われたらしく、『幕末オランダ留学生の研究』にもこのパレードに関する記述が登場します。
140年前も国王の行幸を一目見ようと町や村から見物人がハーグに大勢やって来たそうですが、今もパレード見物のためにハーグに来た人をホテルのレストランで見かけました。オランダ王室の色、オレンジの服を着ているのでわかりました。

朝食後、ホテル内のネットスペースから自分のブログに記事をアップしました。
ハーグの観光案内所のサイトで、ハーグのインターネットカフェとしてまず紹介されているのがハーグ市の中央図書館なので、この街にネットカフェは少ないのはわかっていましたが、オランダ留学生の下宿先を探して、ハーグの街をあちこち歩き回ったにもかかわらず、インターネットカフェを見かけませんでした。
ところが、自分の泊まっているホテルのレストランの脇にあるPCで、客がWEBサイトを自由に見ているのに気づきました。正に「灯台下暗し」です。

早速、わたしもPCをいじってみました。
わたしの予想通り、日本語のWEBサイトは読めても、日本語で書き込みはできませんでした。(本当は日本語を書き込める裏技があるらしいのですが…)
なので、ブログにローマ字で記事をアップしましたが、読みづらくて失礼しました。
でも、フランスと違い、PCのキーボードのアルファベットの配置が基本的に日本と同じだったので助かりました。(フランスでは「Q」と「A」の位置が逆なので、ものすごく入力しづらいです)

パレードの前にのんびりハーグの街を散策するつもりで、ホテルを出ました。
ホテルのすぐ近くの通りの工具店で、前日壊した錠前の代わりの南京錠を購入しました(詳細は別記事)。
そして、アールヌーボー建築がいくつもあるノールドアインデ宮の前の通りに行ってみました。
通りはパレードの沿道のため、一部が通行止めになっていて、パレード開始の午後1時まで2時間以上あるにもかかわらず、大勢の人が沿道でパレードが通るのを待っていて、とても通りを散策できる状況ではありませんでした。
そこで、わたしもパレードを待つことにしました。

沿道でまず目に付いたのは、オランダの民族衣装を着たご婦人の集団でした。
オランダの女性の民族衣装というと、レースの三角のキャップを思い出される方も多いでしょうが、わたしが見た方達は全然違いました。
頭の両サイドにシルバーの大きな髪飾りをつけて、それを黒いリボンで留めています。
服は黒いワンピース?に華やかな花柄のベスト、それに赤系のチェックの大きなスカーフを身につけています。
どこの地方の民族衣装なんだろう?と思いました。
下の写真では中央左寄りに固まっている人たちで、左端に写っているのは後述する中国人観光客です。
なお、パレードの写真は人の顔が写っているので、別窓で表示される写真のサイズを小さくしています。あしからずご了承ください。
パレードの沿道の人たち(その1)
沿道にいるのはオランダ人ばかりでしたが、たまたま近くに中国人観光客(母と娘)がいて、娘さんに英語で話しかけられました。
どうやらデジカメを使いこなせていないらしく、操作を教えてほしいと言うのです。
下手に他人のデジカメをいじって、誤ってデータを消したらどうしようと思いましたが、身振りで何とか教えてあげました。
わたしも自分のデジカメをいじっていたら、娘さんがあの民族衣装を着た人たちと一緒に写真を撮ってあげますよと言ってくれたので、こんなチャンスはめったにない!と思い、写真を撮ってもらいました。
これがオランダ旅行中、わたしが写っている唯一の写真になりました(笑)
(自分でなかなか写真を撮ってくださいと言い出せないタイプなので…^^;)
写真を撮ってもらう際に、民族衣装のご婦人にずっと持ち歩いていた「旅の指さし会話帳 オランダ語」に載っているオランダ全土の地図を見せて、どこから来ましたか?と聞いてみたら、オランダ北部のオーバーアイセル地方を指差しました。

ところが、この直後、中国人親子はどこかに行ってしまい、ノールドアインデ宮殿前の通りにいる東洋人はわたしだけになりました(笑)
下の写真を見ての通り、通り沿いに柵が設けられていて、中国人親子は柵の手前、最前列にいましたが、彼女たちがどこかに行ってしまったので、彼女たちがいたところでパレードを待つことにしました。
成り行きでしたが、最前列を陣取れて本当に良かったです。
というのは、オランダ人が大柄だからです。

話が横道にそれますが…
オランダ大使館のサイトによると、オランダ人の平均身長は男性180.4cm、女性167.6cmだそうです。
でも、わたしは「旅の指さし会話帳 オランダ語」に載っていた平均身長(男性185cm、女性175cm)の方が実情に近いと感じました。
身長157cmのわたしはオランダでは子供並みの背丈でした(苦笑)
しかもオランダ人は背が高いだけでなく、体に厚みがあります。(これはフランス人やイタリア人も同じですが)
でも、アメリカやロシアのように極端に太っている人は見かけませんでした。
日本人は体に厚みがないので、オランダで既製服を買うのは難しいそうです。アムステルダム在住のKさんも、服は日本に一時帰国した時に購入されるそうです。
ちなみに、オランダ留学生は仕立て屋で洋服をあつらえていたそうです。

話を戻しまして、もし最前列を陣取れなかったら、前の列に並ぶ大柄なオランダ人の体の隙間からパレードを見物するハメになっていたでしょう。
最前列にいたので、通りを挟んだ反対側の沿道で待っている人たちを観察しました(笑)

まず目に付いたのは、オレンジ色の服を着た人たちです。
全身オレンジ色で固めた人や、さりげなくオレンジ色のアイテムを身につけている人がいました。
わたしもオレンジ色のカットソーを着ましたが、常にジャケットを羽織っていた上、時々コートも着たので、周りにアピールできませんでした(笑)
パレードの沿道の人たち(その2)  パレードの沿道の人たち(その3)
この日はハーグでは(?)小学校が休みらしく、先生に率いられた小学生が大勢沿道にいました。
子供たちが沿道で警備に当たろうとする警察官(日本で言えば皇宮警察?)にハイタッチを求め、警察官もハイタッチに応えているのが笑えました。
また、沿道の警察官の上司が見回りの際に、部下にお菓子をあげていて、部下はもぐもぐ食べていました。
こんな光景は日本ではありえません!
もちろん、警察官はパレードの最中はビシッと直立不動で警護していました。

わたしの隣では可愛い女の子二人を連れた女性と、その人のお姉さんかお母さんがパレードを待っていました。
わたしは母のように旅行中に見知らぬ人でも気軽に話しかけるタイプでありませんが、女の子に井上トロを見せて、コミュニケーションを図ってみました。
一応ネコなのにひげのないトロは、子供にはネコと思われなかったらしく、いまいちウケが悪かったです(カワイそうなトロ…)
でも、大人には意外にウケたので、去年、会津若松に行った時に着物でおめかししたトロの写真も見せてあげました。
また「旅の指さし会話帳 オランダ語」を頼りに、下の女の子の名前と年齢を聞いてみましたが、名前が聞き取れませんでした。
ヨーロッパ人の名前は、言語によって発音は違っても綴りが同じだったり似通っているので(例えば、英語のElizabeth(エリザベス)はドイツ語ではElisabeth(エリザベート))、紙に名前を書いてもらえばよかったと、後になって思いました。

次第にパレードの時間が近づいてくると、警察官とは別に、マシンガン(!)を持った警備兵が沿道に1メートル間隔でずらりと並びました。幸いにもわたしの近くに立った警備兵はオランダ人にしては大きくなかったのでホッとしました。(もし大きかったら正に壁!)

そして、ようやくノールドアインデ宮殿からパレードが出発しました。
ノールドアインデ宮殿前の通りは車一台が通るのがやっとな幅なので(歩道は別)、パレードはわたしのすぐ目の前を通っていきました。
ロンドンのバッキンガム宮殿の衛兵のような帽子をかぶった鼓笛隊や兵隊、そして騎馬隊が次々とやってきました。
パレードの鼓笛隊と警備兵  パレードの衛兵?隊  パレードの騎馬隊
特に騎馬隊は日本では一度も見たことがなかったので(というよりこれだけの規模の騎馬隊は日本にはないと思います)、美しい毛並みの立派な馬に乗った騎兵の行進に圧倒されました!
でも、馬の通った後には落し物もありました(苦笑)

また、警察官、警備兵、騎馬隊で女性をちらほら見かけました。
日本人ほどオランダ人の男女は体格に差がないので、女性がいても違和感がありませんでした。
特に騎馬隊の女性はカッコ良かったです!
女性の騎馬隊士  パレードの黒い馬車

騎馬隊に挟まれるようにしてお偉いさん(多分国会関係者)の乗った黒い馬車が何台か通り、パレードのほぼ最後になってベアトリクス女王が乗られた黄金の馬車がやって来ました!
女王陛下が座っていらしたのが、わたしが待っていた側だったので、女王陛下のお顔をしっかりと拝見することができました。
わたしも沿道の人たちと共に女王陛下に思いっきり手を振りました。
下の写真は、女王陛下に手を振った後に撮ったものです。
女王陛下の黄金の馬車
皇太子ご夫妻は女王陛下と同じ馬車に同乗されていたらしいですが、わたしは気づきませんでした。
日本でも皇室の方を生で見たことがほとんどないのに、オランダで王室の方を間近で拝見する機会に恵まれて本当に幸運でした。

オランダは立憲君主制で、国家元首はベアトリクス女王です。
オランダ王室(オランエ=ナッソウ家)はドーバー海峡の向こうの国や日の本の国に比べると、かなり庶民的だそうで、女王陛下は何と自転車でアルベルト・ハイン(スーパー)にお買い物に行かれるそうです。これも日本ではありえません!

2年前に、日本の皇太子ご夫妻と愛子さまがオランダのヘット・ロー宮殿で、オランダの皇太子ご夫妻とお二人のプリンセスとご一緒に過ごされたのはニュースで報道されて、ご存知の方もいらっしゃるかと思います。
オランダ王室で特に人気があるのは、マクシマ皇太子妃のようです。
街中で来年の王室カレンダーが売っていましたが、マクシマ妃単独のカレンダーもありました。

パレードがすべてノールドアインデ宮殿前の通りを通過し、沿道の人がバラけてきたので、前日、Kさんがお勧めしてくれた市内のカフェに行こうとしました。
途中でストリートオルガンを見かけました。
7月に帆船「あこがれ」が有明埠頭に寄港した時に、オランダのストリートオルガンが来ていましたが、その時のストリートオルガンよりも小ぶりでクラシカルなデザインでした。
ハーグで遭遇したストリートオルガン

そして、田口俊平の下宿があったプラーツ広場に出てみたら、まだまだ人がたくさんいました。
また、プラーツ広場が面し、ビネンホフへの出入り口がある大通りは交通止めされていて、騎馬隊が待機していました。
ここにいれば、またパレードが来るに違いないと思いました。
それで、近くにあるハーグの観光局でトイレを借り、オランダ全土とハーグ市内の地図を買ってから、大通りで待つことにしました。

大通りに、オランダに行ったからには食べてみたかったハーリング(生ニシンの切り身)の屋台があったので、ハーリングを買ってみました。ハーリングには玉ねぎのみじん切りが添えられていて、日本人なら醤油をかけて食べたい味でした。
屋台のお兄さんは日本人観光客慣れしているらしく、「タマネギ~」と日本語で言っていました(笑)

しばらくして、待機していた騎馬隊が整列してビネンホフに入場し、他の騎馬隊や衛兵隊も続々と大通りを横切って入場しましたが、女王陛下の黄金の馬車は先に入場したらしく、隊列しか見ることができませんでした。ビネンホフに入場する衛兵隊  ビネンホフに入場する白馬の騎兵  ビネンホフに入場する騎兵隊  
でも、釜さんたちオランダ留学生もスタイルは違えども、このパレードを見たと思うと感慨深かったです。

「2008年9月16日(火) 其ノ弐」に続きます…
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*Comment

私も見に行きました 

初めまして。
私もちょうど同時期にライデンに滞在していたこともあって、楽しく拝見しています。

今年のprinjesdagのパレード、私も見に行きました。
私はビネンホフの近くに陣取っていた…というか、11時半頃からもうそこで身動きが取れなくなりそうだったので、見える場所でじっと待っていました。
私も女王陛下の側だったので、写真を撮りながら、やっぱり手を振っていました。
周囲の人が何人か「マキシマ云々」とつぶやいていたので、マキシマ妃が反対側で見えなかったのが残念だったんでしょうね。

その後、騎馬兵が広場で待機しているのもしばらく見ていたので、ひょっとしたら、どこかですれ違っていたかもしれませんね。
私はこの前後2週間ほどライデンを拠点に滞在していたので、もしかしてライデンでもどこかですれ違っていたかも?と思ったのですが、まやこさんの滞在中の日記を拝見するに、ライデンではちょうど入れ違いになっていたようです。
  • ak 
  • URL 
  • 2008年10月18日 23時14分 
  • [編集]

 

>akさん
この度はコメントをありがとうございます!
わたしが旅行していたのと同時期にライデンに滞在されていたのですね。
しかも2週間も滞在されたとは…うらやましい限りです。

prinjesdagのパレードもご覧になったのですね。
わたしが見た限りでは沿道で日本人を見かけなかったのですが、akさんがいらしたのですね。
わたしは騎馬兵が待機していた広場や通りもウロウロしていたので、どこかでakさんとすれ違っていたんですね…

ライデンではakさんと入れ違いになっていたようで残念です。
ライデン滞在記は少しずつアップする予定なので、今後もご覧いただけたら幸いです。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年10月18日 23時34分 
  • [編集]

 

お返事ありがとうございます。
私、prinsjesdagの綴りをタイプミスしてましたね…お恥ずかしい。

私がビネンホフ手前の交差点でパレードを待っている間、日本語で話しながら場所を探している若い女性二人組が通っていったり、パレード終了直後にマウリッツハイス美術館に向かおうとして、まだ歩道の通行規制が解除されていなかったので「今日は何があったんですか?」と、prinsjesdagのことを知らずにお仕事の合間の観光に来たという日本人男性二人組に出会ったりしたので、結構日本人も見に来ているんだな、と思ったのですが、まやこさんがご覧になったノールドアインデ宮殿近くまで行った人は少なかったのかもしれませんね。
私も、11時半の時点であまりの人の多さに、ノールドアインデ宮殿近くまで行くのを断念したクチですから。

続きの更新を楽しみにしています。
  • ak 
  • URL 
  • 2008年10月19日 11時27分 
  • [編集]

 

>akさん
再びのコメントありがとうございます。
パレードの前は、ビネンホフの近くにakさんの他にも日本人がいたんですね。
11時半頃にはノールドアインデ宮殿前の通りも何重に人垣が出来ていました。
本当に早めに来て、最前列を陣取れてよかったです。
ビネンホフ手前の交差点ではどのくらい近くでパレードをご覧になれましたか?

旅行記の続きは今日中にアップ予定です。
お楽しみに!
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年10月20日 00時27分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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WEB拍手のコメント返しは、拍手をいただいた記事につけます。

結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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