Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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石田散薬を作ろう!《其ノ弐》

20080823172756
先月刈り取った牛額草で石田散薬を作りました!
牛額草を黒焼きするのは大変でしたが、出来上がった時の充実感は大きかったです♪

遅くなりましたが、PCからの追記です。

7月26日に歳さんの故郷で刈り取った牛額草(ミゾソバ)を黒焼きして、石田散薬を作りました。
日野郷土資料館の一画にある実習室(昔は小学校の家庭科室?)で一つのテーブルにつき4~5人一組で、わたしは静岡と日光からいらした方(たくあんさん)、日野宿本陣文書検討会の会員の方と一緒に作業しました。

前日に日野宿本陣文書検討会のむんさんから、去年石田散薬作りに参加した方のブログを紹介していただいて読んだところ、かなり燻されると書いてあったので、念のためバイトで使っていたエプロンと、頭に巻く手ぬぐいを持参し着用しました。
手ぬぐいは5月にひの新選組まつりの時に買った、江戸時代の日野近郊の地図がプリントされたもので、周りの方に好評でした(笑)

刈り取った後、きれいに洗って陰干した牛額草は重さが十分の一ほどになります。
この時点ではそれでもビニール袋にたくさん入っていました。
陰干しした牛額草

まず、乾燥した牛額草の茎を取り除きます。
牛額草の量が多いので、博物館実習としてこの企画の補助をしていた大学生に作業を手伝ってもらいました。
牛額草で洗浄する段階で牛額草以外の草を取り除いているはずですが、それでも混じっているので取り除きます。
茎を取って葉だけになった牛額草

それから、葉を細かくします。
わたしたちのグループは手で細かくもんだり、はさみで細かく刻みました。
わたしは茎を見つけるたびに取り除きました。
牛額草のl葉を細かくする作業

葉が細かくなったら、土製の焙烙(ほうろく)をコンロの火にかけて、細かくした牛額草を入れます。
それから、中火から弱火でじっくりと焙じ、炭化しないように黒焼きにします。
焙じはじめの頃は、はさみで葉を刻みつつ焙じました。
下の画像でボケて写っていますが、木のしゃもじでかき混ぜてます。あと、箸とスプーンを使いました。
時々、日本酒を霧吹きで吹きかけました。これで葉の色が黒くなる効果があるそうです。
葉を刻みつつ、葉を焙じる作業

葉の量が多いので何回かに分けて焙じましたが、1回目は葉が黒く(実際は濃い茶色)なるまでにかなり時間がかかりました。30~40分はかかったでしょうか。
2回目以降は焙烙に熱がまわったのか、1回目ほど黒焼きに時間がかかりませんでしたが、黒焼きの出来はじっくりすぎるほど時間をかけた1回目が一番良かったです。

焙じるうちに葉の色が黒っぽくなってきます

この日は8月後半にしてはとても涼しく(最高気温が20℃前半しかなかったそうです)、ガスコンロの前は熱くても、部屋は暑くはありませんでした。
これが牛額草を刈り取った時と同じくらいの暑さだったら、実習室はクーラーがあまり効きそうにないので、ガスコンロを長時間使ったら部屋が熱くなって、わたしは暑さでバテて、作業に集中できなかったと思います。

昼食をゆっくり食べている間はなく、わたしたちのグループは二人ずつ交代で食べました。
休憩の時に一度実習室の外に出、再び中に入ったら、部屋の中はものすごく燻されたにおいが充満していました(苦笑)

黒焼きが終わった葉は新聞紙に広げ、日本酒を吹きかけて冷まします。
下の画像の葉は、かなり茶色っぽいです。
本来は一晩置くのがよいらしいですが、そんな時間はないので、乾いた葉から薬研にかけて細かくすり潰しました。
焙じた牛額草を乾燥させます

薬研は初めて使いましたが、葉を細かい粉にするのに本当に適した道具だと実感しました。
と言うのも、薬研が1つのグループにつき2台ないと作業が厳しいのに、わたしたちのテーブルは1台しかなかったので、すり鉢とすりこ木を使って葉を細かくしましたが、薬研ほど細かい粉にならないのです。
でも、後ほどもう1台薬研を借りられて、それで細かくできました。
下の画像に写っているのはわたしの手ですw
薬研で焙じた葉を粉にします
薬研では葉は粉に出来ても茎はすり潰すことができなかったので、徹底的に茎を取り除けばよかったと思いました。
ざるで振るい、茎などを取り除きましたが、ざるの目が粗かったので、目を通り抜けてしまったものもありました(苦笑)

それから、一包分《一匁(約3.75g)》の粉薬を量り、薬包紙に包みました。
包み方は事前に包み方を教わっていた博物館実習の大学生に教わりました。
子供の時、折り紙が苦手だったわたしには少々難しい折り方で、途中間違って折ってしまいました(苦笑)
薬包紙は市販のものでは小さいとのことで、半紙を裁断したもので代用しましたが、それでも一匁の粉を包むには紙が小さかったです。
それを七包作り、石田散薬印を押した薬袋に入れて出来上がりました!
薬包紙に包んだ以外の石田散薬はビニール袋に入れて持ち帰ることにしました。
別のテーブルでは、完成した石田散薬を持参した日本酒で早速服用している方がいましたw
石田散薬の完成品!

わたしたちのグループは牛額草を4回に分けて焙じましたが、先程も書いた通り、最初に時間をかけて焙じたものが一番出来が良かったです。
後から焙じたものは最初に焙じたものに比べると、色が黒ではなく茶色っぽかったです。
石田散薬作りの初心者(笑)が作ったので、品質が一定でないのは仕方ないですが、売り物として作るとしたら、ある程度品質が一定であることを求められるはずです。
昔、製造されていた石田散薬の品質は果たして一定だったのでしょうか?

一つのテーブルで同じ作業をして団結力が高まったので(笑)、帰りは同じテーブルで作業した皆さんを、たびたびこのブログで話題にしている喫茶店「あんず村」にご案内してお茶しました。
高幡にこんな雰囲気のいいお店があったと喜んでいただけたので、「あんず村」愛用者としてうれしかったです。
製造作業の途中も色々と話をしましたが、「あんず村」ではその続きをしました。
話は尽きそうになかったですが、日光からいらした、たくあんさんが電車に乗る時間が迫っていたので、名残惜しくも「あんず村」を後にしました。
皆さん、一日お付き合いいただきありがとうございました!
日野にまたいらっしゃる機会がありましたら、ぜひ声をかけてくださいね!

実際に石田散薬を製造してみて、疑問に思ったことがいくつか出てきましたが、長くなりそうなので、別記事にするつもりです。
猛暑にも関わらず、あちこちの幕末スポットに出かけた昨夏に比べると、今年の夏は出歩きませんでしたが、この石田散薬製造体験が何よりの思い出になりました。
原材料の刈り取り、洗浄、そして黒焼きは手間のかかる作業でしたが、その分、薬が完成した時の充実感はとても大きかったです。
このような充実感は久しく味わったことがなかったです。
石田散薬の製造を通して、歳さんの存在が一層身近になりました

最後になりましたが、石田散薬作りを企画・開催された日野市郷土資料館の皆さん、大変お世話になりました。
ありがとうございました!
  • [No Tag]

*Comment

お疲れ様でした 

先日はありがとうございました。
一緒に薬を作らせてもらった日光人です。
貴重な体験を、楽しいメンバーで作れて本当にうれしかったです。
かわいいカフェも教えていただいて……
これからも覗かせていただきます。
よろしければ
「パックス・トクガワーナ万歳!」
にも遊びに来てください。
  • たくあん 
  • URL 
  • 2008年08月25日 16時13分 
  • [編集]

 

>たくあんさん
こちらこそ先日はありがとうございました!
石田散薬を自分たちの手で作れるなんて、めったにない機会ですよね。
日光から参加されたお気持ちはよくわかりますv-410
あの喫茶店も気に入っていただけてうれしいです。

ブログでは最近は歳さんより別の人の話題を書くことが多いですが(汗)、今後も多摩郡在住の地の利を生かして、多摩の歳さんを追っていくつもりです。
ちなみに近々この記事に大幅追記する予定なので、よかったらご覧くださいね。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年08月25日 20時55分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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