Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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咸臨丸フェスティバル

浦賀ドック
浦賀の住友重機工業(株)浦賀工場で開催された咸臨丸フェスティバルに行ってきました!
いろんな方々との出会いがあった一日でした。
写真は普段は非公開の浦賀ドックです。

例によってこの先はPCからの追記です。
今日あったことはネット上には諸事情で詳しく書けません。
でも、詳細レポを希望されている方がいらっしゃるので、写真を大量追加しました。(写真はすべてクリックするとサイズ大きくなります)
咸臨丸フェスと浦賀ドックの雰囲気を感じていただけたら、幸いです。

◇ONE DAY(1日)ミュージアムで浦賀の歴史及び「咸臨丸子孫の会」による咸臨丸の歴史についてのパネル展示を見ました。
咸臨丸子孫の会の方が、咸臨丸ゆかりの地(海外含む)を訪れた時の映像記録はとても見ごたえがありました。

普段は浦賀文化センターに展示されている、咸臨丸の模型です。
咸臨丸の模型


咸臨丸子孫の会の方が作成した、咸臨丸の歴史に関する展示です。
咸臨丸がオランダで建造され、日本に廻航されてからの日々(長崎での海軍伝習、太平洋横断、対馬・小笠原諸島への航海、江戸脱出、清水湾での拿捕、そして木古内での最期)がわかりやすく説明されていました。
咸臨丸の歴史


上のパネルの裏側です。左から、太平洋を横断した咸臨丸を修理したメーア・アイランド海軍造船所、咸臨丸の太平洋横断の立役者・ブルック大尉、咸臨丸提督の軍艦奉行・木村摂津守喜毅です。
咸臨丸の歴史(その2)


船の科学館が制作した、咸臨丸の内部図です。
この図を見ると、咸臨丸の動く仕組みが理解できます。(石炭を燃やして蒸気を発生させる→蒸気の力でスクリューを回す)
「咸臨丸」内部精密解剖図


かつて住重の工場で使われていた道具も展示されていました。
下の写真はその一つで、ダイヤル式(!)の携帯電話です。(20代前半より下の世代の人はダイヤル電話を触ったことすらないんでしょうね…)
工場内では無線が使えなかったので、このような携帯電話(というより移動式の電話機)を使っていたそうです。
旧式携帯電話


◇一般人も参加OKなのをいいことに、式典に参加しました。
式典はオランダ・アメリカ・日本の国歌吹奏、花輪供呈、横須賀市長の式辞、大使・日本の外務大臣代理による祝辞という流れで、去年の10月に参列したヴェルニー・小栗祭とほぼ一緒でした。
ヴェルニー・小栗祭と違うのは、当然ながらフランスではなくオランダで(でも、国旗の色は同じ)、通訳が英語だけだったことです。
オランダはヨーロッパ大陸で一番英語が使われているそうで、オランダ大使代理の挨拶も英語でした。
それでもって、初めてオランダ国歌を聴きました。

式典の後はレセプションがありました。
ヴェルニー・小栗祭の時はほとんど知り合いがいなくて、身の置き場がありませんでしたが(苦笑)、この式典に知人が参列されていたので、知人を介して色んな人とお話することができました。
中島(三郎助)さんのご子孫にお目にかかれたのが一番うれしかったです!

下の写真は、式典会場の旧機関工場です。
咸臨丸フェスティバル式典会場(旧機関工場)

わたしはこれしか式典会場の写真を撮らなかったのですが(汗)、先日リンクした「三浦あぼりじに」さんのブログで、たくさんの写真入りで式典の様子が詳しくレポされていますので、ぜひご覧ください!(こちらのページです)

◇午後は煉瓦造りの1号ドックの内部を見学しました。
わたしは以前、今はアメリカ海軍横須賀基地内にある、日本最初のドックを見学したことがあるので、比較しながら見ました。
横須賀基地内のドックは石積みなので、見た目はまるで大きな城の石垣のようでしたが、浦賀の1号ドックは煉瓦で作られているので、かなり雰囲気が違いました。
煉瓦造りのドックは、浦賀湾の入口にある川間ドックと、この1号ドックのみ現存しているそうです。

正面の白い壁(すみません、名称忘れました)の向こうは海です。
見学者はレンガの壁に作られた階段ではなく、(写真では中央右奥にある)見学者専用の階段を降りて、ドックの底に下ります。
高いところの足元がスカスカなのに弱いわたしは、階段を降りるのが怖かったです(苦笑)
1号ドック(その1)


ちなみに、こちらが横須賀基地内のドックです。浦賀のドックとの違いが一目瞭然でお分かりになるかと思います。
(海を挟んだ対岸がヴェルニー公園です)
横須賀の第一号ドック


こちらは浦賀のドックの壁です。「フランス(フランドル)積み」という積み方だそうです。
近くで見る煉瓦の壁は歴史の重みを感じました。
1号ドック(その2)


ドックの底から上を見上げてみました。
横須賀のドックでは底には下りられなかったので(というより場所柄絶対に下りられない)、浦賀では下りられてうれしかったです(笑)
並んでいるのは、船底を支える台です。
浦賀の1号ドック(その3)


船底を支える台(正式名称は失念)は上から見ると小さく見えますが、実際は2m以上はあります。
船底の形に合わせて、木材の高さを変えていたそうで、今は最後にこのドックに入った船の船底の高さに木が組まれているそうです。
浦賀の1号ドック(その4)


ドックの写真の一枚目に写っている、白い壁の上から見たドックです。
写真の中央に人が(偶然)写っていますが、人とドックの大きさを比較すると、ドックがどれくらいの規模だか想像がつくかと思います。
浦賀の1号ドック(その5)


この後は水門を閉めて、ドックの中の水を排水する際に使われたポンプ室も見ました。
こちらは被写体としてあまり美しくないので、写真はアップしませんが、よく見ると窓がちょっとクラシカルな洋風な形をしていました。

◇北ドックハウスで「中島三郎助と遊ぶ会」による、中島三郎助の展示を見ました。
こちらで『義に死す 最後の幕臣 評伝・中島三郎助』という本が近々刊行されるのを知りました。
また、住重浦賀工場の歴史についてのコーナーでは、釜さん@榎本武揚と荒井(郁之助)さんが浦賀船渠の設立に関わった証の書類が展示されていました。
今、函館で記念館になっている青函連絡船の摩周丸も浦賀で造られたそうです。

今日は咸臨丸や浦賀にゆかりのある人物のご子孫に何人もお目にかかり、じっくりとお話することができました。
名前は出しませんが、ご先祖の血が今なお子孫に濃く受け継がれている!と思った人もいました。
一歴史ファンに過ぎないわたしに温かく接してくださって、感謝の一言に尽きます。 (Kさん、いつもありがとうございます!)
人の縁は乙なものと実感した一日でした。

最後に…ドックから見た浦賀湾の写真をアップしておきます。
また浦賀に行きたいです…
浦賀ドックから見た浦賀湾
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*Comment

 

浦賀遠征お疲れ様でした!
今日は寒かったですよね~天気もイマイチだったし。
浦賀ドックの写真で泣いちゃいそうです・・・(中島お父さんforever!)
詳細レポ期待してますよっ!
  • ままこっち 
  • URL 
  • 2008年04月26日 23時26分 
  • [編集]

行きたかったですー!! 

お久しぶりです。

咸臨丸フェスティバル、行きたかったです!
浦賀ドックを見たことがないので、特に見たかったです。浦賀ドック・・・・
詳細レポ、お願いします!!
  • 高松飛鳥 
  • URL 
  • 2008年04月27日 00時13分 
  • [編集]

 

>ままこっちさん
早速のコメントありがとうございます。
咸臨丸フェスの詳細レポなんですが、本文にも書いた通りちょっと事情があって、すべてを詳しく書くことはできないんです。
でも、浦賀ドック見学については書けるので、もうしばらくお待ちくださいね。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年04月27日 00時15分 
  • [編集]

 

>高松飛鳥さん
こちらこそお久しぶりです。
浦賀には何度か行ったことがありますが、浦賀ドックには初めて入れたので、浦賀に思い入れある身として感慨深かったです。
ドックの写真を何枚か撮ってきたので、後ほどアップします。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2008年04月27日 00時21分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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