Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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『幕末ニッポン~ハリスと黄昏の大君の都』レポ

渋谷のたばこと塩の博物館で開催中の特別展『幕末ニッポン~ハリスと黄昏の大君の都』を展示関連講演会に合わせて、初日(11月23日)と25日に見に行ってきました。

先日も書きましたが…以前、たばこと塩の博物館で開催された企画展・特別展を2回見たことがありますが、いずれも入場料100円にしては充実した内容でした。
前回は『川柳と浮世絵で楽しむ江戸散歩』展を見ましたが、この時は展示で紹介されたすべての川柳(100首以上!)を掲載した冊子を無料でいただきました。
今回の『幕末ニッポン』では総天然色の冊子が無料で配布されていて、実に太っ腹です。

例によって、この先はレポというより、個人的な覚え書です。しかも長いです。

『幕末ニッポン』は一言で言えば、幕末の日本の外交に関する展覧会です。
長いこと近世の西洋史に浸ってきたので、幕末に日本人と西洋人がどのように関わってきたのか、西洋人の目から見た日本、逆に日本人の目から見た欧米諸国について、とても興味があります。
展示されている資料に、フランスものがほとんどなかったのが、フランスびいきとしては少々残念でしたが、フランスなしでもわたしの興味を引く資料が多く、見ごたえがありました。

初めは初代駐日アメリカ公使、ハリスに関する展示がありました。
印象的だったのは、ハリスの江戸参府の道中を描いた絵です。
絵そのものより、隅に丸抜きで描かれたアメリカの国鳥のハクトウワシが目立っていました。
また、ハリスは鷲の紋章入りの羽織を作らせて、日本人の従者に着せたそうで、その羽織の一部と再現された羽織が展示されていました。
羽織の本来なら家紋がついている部分が、鷲の紋章になっています^^;
ペリー来航時の資料では、(少なくともわたしは)鷲の紋章を目にしたことがありませんが、ハリスが鷲の紋章を用い、日本人にまで使わせたのは、アメリカの存在をアピール(というより誇示)したかったからなんでしょうか…?
将軍からハリスに下賜された接待菓子については、講演会のレポで書くつもりです。

ハリスの話ですが…
アメリカでは商売などで財を成した人が、公的な施設(例えば教会)を作るために寄付するケースが多いです。(ニューヨークのカーネギーホールはその一例です)
『覚悟の人』によると、ハリスは横濱のアメリカ人コミュニティで嫌われていたらしいですが、彼が嫌われていたのは、日本で(アメリカにとって都合のいい為替レートを悪用して)儲けた金を、アメリカ人コミュニティのために使わなかったからなんでしょう^^;(横濱にハリスが建設に携った建築物があるとは聞いたことがありません)
ハリスがアメリカにいた頃は商人だったのは聞いたことがありましたが、ニューヨークでカレッジの創立に携ったのを今回の展示で初めて知り、アメリカ本国では公的な施設の設立に関わったのに、日本ではそういうことは何もしなかったのかと思ってしまいました。

この特別展ではハリスの為替レートを悪用した金儲けについては触れられていませんでしたが、開港後の通貨の交換問題に関する展示はありました。
展示されている一朱銀を見て「これが外国商人が躍起になって欲しがった『イチブ(一分銀)』か…」と複雑な思いになりました。
また、日本国内で通用できるように刻印された洋銀(メキシコドル)も展示されていましたが、アメリカではなく「メキシコ」のドル銀貨が流通していた理由がわたしにはわかりません。
経済に関する記述が詳しい『覚悟の人』でもそのことは書かれていませんでした。
どなたか、その辺りの事情に詳しい方がいらっしゃいましたら、ご教授いただけると助かります。

また、幕末の古写真も多数展示されてましたが、所蔵先が海外のものが多かったです。
小栗(忠順)さんをはじめとする、万延元年の遣米使節団がワシントンの海軍工廠で記念撮影した、割と有名な写真が展示されていましたが、この写真は「ピーボディ・エセックス博物館」蔵でした。
この博物館には上記に書いた、ハリスの江戸参府の道中の絵も所蔵されています。
ピーボディ・エセックス博物館は、これまで聞いたことがないので、きっとアメリカにあるんだろうと思って、調べてみたらその通りでした。
セーラム(アメリカの東海岸の古い港町)にあり、東洋や日本の美術品や写真が多数収蔵されているそうです。サイトはこちらです。

ピーボディ・エセックス博物館蔵の記念写真には下の方に写っている人たちの名前が記されていましたが、文字が小さかったので読めませんでした。
この写真では日米の要人が一緒に写っていますが、幕末の写真で要職にある日本人と外国人が一緒に写っている写真は少ないと思います。

遣米使節団に関する展示では谷文一(谷文晁の孫)が描いたスケッチが目を引きました。
谷文一は自分が実際に見たものだけでなく、アメリカの新聞に掲載された銅版画(当時は写真を印刷する技術がなかったので写真を銅版画にして掲載したそうです)をスケッチしていました。
また、女性の髪型を何種類もスケッチしています。
スケッチされた髪型はまさに『風と共に去りぬ』の世界です!
日本女性とは全く違ったアメリカ女性の髪型は、絵師の興味を非常に引いたんでしょうね…

話が前後しますが、8月に横浜開港資料館で見た日英修好通商条約の交渉代表団(外国奉行)の写真も展示されていました。
こちらは、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(以下V&A)所蔵のものでした。
V&Aは芸術とデザインに関する膨大なコレクションが収蔵されたミュージアムで、以前2度、見に行ったことがありますが、あまりの展示物の多さに圧倒された覚えがあります。個人的には一日いても飽きない場所です。
V&Aも日本の写真のコレクションが多そうです。
日英修好通商条約の交渉代表団の写真そのものについては、はな。さんがこちらの記事で詳しくご紹介されています。

幕末維新の日本に深く関わったイギリス人と言えば、アーネスト・サトウでしょう。
彼の名前は幕末の外交史をかじっていると、嫌でも見かけるので当然知っていましたが、アーネスト・サトウの写真をまともに見たのは、この展示が初めてでした。
ハッキリ言って、イケメンです
幕末に来日した、現在でも名前が知られている外国人でトップクラスの美男でしょう。
ジュール・ブリュネと共に、アーネスト・サトウは幕末のイケメン異国人の双璧だと思います(笑)

今回の展示されている古写真の多くは、幕末のオランダ総領事、ポルスブルックのコレクションです。
ポルスブルックのコレクションは現在はアムステルダム海洋博物館に収蔵されているそうで、現地で見られるのか?と思い、ちょっと調べたら、この博物館は現在改装工事中で2009年に再オープン予定だそうです^^;
オランダって予定通り工事が進む国なんでしょうか??(フランスやイタリアはこういった改装工事が予定通り進むことがまずないので…)

ポルスブルックのコレクションで面白かったのは、「江戸を散策するポルスブルックと警護の武士たち」とタイトルのついた写真です。
ポルスブルックを含むオランダ人3人を囲むように18人の武士が護衛していますが、こんな人数に囲まれていては気が散って、江戸の風景や風俗を満足に楽しむことができなかったでしょう(苦笑)
また、ポルスブルックのコレクションの徳川慶喜の彩色写真が2枚展示されていました。
そのうち一枚は『大徳川展』でも展示されている写真に、彩色されたものです。
『追跡─一枚の幕末写真─』(鈴木明・著)によると、シャノワーヌ(フランス軍事顧問団団長)もこれと同じ写真を所蔵していたそうです。

慶喜の写真はもちろんこれだけでなく、直系のご子孫(カメラマンになった方)所蔵の慶喜の写真も展示されていました。
写真そのものは見たことあるものばかりでしたが、慶喜のアルバムは初めて見ました。でも、アルバムの装丁は意外に地味でした。
写真だけでなく、ご子孫や松戸の戸定歴史館所蔵の慶喜の遺品が展示されていました。
慶喜の手で作ったらしい、小物入れもありました。
こういった故人の息吹が感じられる品々を見ていると、慶喜はかの本でさんざん叩かれるほど悪い人ではないと思ってくるのが不思議です。

まだまだ書きたいことはありますが、これ以上長くなっては読む方が大変でしょうし、来週末にまた展示関連講演会を聴きに行き、展示を見るつもりなので、その折にこの記事に書かなかった分も書くことにします。
この展覧会は幕末に興味がある人は必見です。
幕末イコール志士、新選組だと思っている人にもぜひ見てほしいです。
きっと幕末に対する見方が変わってくると思います。
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*Comment

 

まやこさん、おはようございます。
「メキシコ」のドル銀貨が流通していた理由は、メキシコが世界有数の銀産出国だったことと関係しております。
実はこちらの銀山がさかんになる前は世界的な銀の産出国は日本でした。金もよく産出しておりましたが、これらのおかげで徳川ニッポン前期が繁栄していた、といっても過言ではなかったのでした。
そしてこのメキシコ銀の発見&流通で世界の銀(銀本位なので金融ともいう)のバランスが変化したことが、19世紀になって世界に大きな変革の波をもたらしたきっかけでもあったりします。
・・・ということをふと思い出しました☆
  • はな。 
  • URL 
  • 2007年11月30日 09時07分 
  • [編集]

 

初訪問ですが、初めまして。
日野市にお住まいなんですね。私も東京都に住んでいるけれども、都会の方ですが、日野市は今年4月に友達と行きました。
今、学校の授業で西洋美術史を勉強していますが、これは新選組とは何にも関係はなく、ただ卒業に必要な単位を完全に埋める為に取りまして、「なるほど」とかそういうのが多いですね。
ところで私のブログでは、日常的な事や歴史系などの話題やコラムといった普通の日記と旅行日記を中心に書いていますが、旅行日記では写真がついています。
初訪問ではありますが、相互リンクをして頂ければ幸いです。
  • 土方副長 
  • URL 
  • 2007年11月30日 22時15分 
  • [編集]

 

はな。さん、こんばんは。

「メキシコ」ドル銀貨が、国際的に流通していた理由を教えていただき、ありがとうございます。
銀山で栄えたメキシコの町を以前TVで見たことがありますが、あの銀山で産出された銀が銀貨となって、日本に入ってきたのですね…
日本の銀山は、石見銀山が世界遺産になって一躍知名度がアップしましたよね。

お金の流通史には疎いわたしですが、古銭を見るのは結構好きです。
貨幣には、その貨幣が作られた国の事情が凝縮されていると思います。
(本題とずれてしまい、失礼しました~)
  • まやこ 
  • URL 
  • 2007年11月30日 22時29分 
  • [編集]

 

土方副長さん、初めまして&こんばんは。

この度は「ル・レジマン・アッシュ」にお越しいただき、ありがとうございます。
土方副長さんのブログは、以前から拝見していました。

時間がある時にでも、このブログをじっくり読んでもらえるとお分かりになるでしょうが、わたしは日野市在住ではありません。
でも、日野には電車1本で行けるところに住んでいるので、日野にはよく行きます。

大学で西洋美術史を勉強されているそうですが、わたしはヨーロッパの絵画を見るのが好きなので、そういった勉強ができるのはうらやましい限りです。
(ちなみにイタリア・ルネサンス、フランドル派の絵画が好きです)
新選組には関係なくても、この先きっと役立つ時が来ると思いますよ。

相互リンクは大歓迎です。
土方さんファンになったのがきっかけで新選組に興味を持ちましたが(ファンとはちょっと違います)、今は新選組以外の幕末の世界に手を広げて収集がつかなくなっています(苦笑)
そんなブログですが、これからもよろしくお願いいたします。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2007年11月30日 22時45分 
  • [編集]

 

おや、日野市ではないんですか。でも、あの辺りって静かで良いですね。
新選組の旅を通じて私がビックリしたのは、お店や記念館の看板で「一本木関門」をイメージしているのを私が見た限りでは高幡不動駅にある「池田屋」というお食事処と函館にある土方・啄木記念館の2つなんですが、どちらも、土方副長になりきって突入したような気分でした(笑)
短大では色々と幅広く勉強していますが、難しいのも有ったりします。
私は新選組や土方歳三ばっかりこだわっていたり、旅行の計画ばかり考えていたり、、、学業とかも含めて忙しくて気づけば頭の中がゴチャゴチャなんです(笑)本当に短大2年間は、あっという間ですから、やりたい事はとにかくやらないと!!って感じです。早速、相互リンクさせて頂きますね!!

  • 土方副長 
  • URL 
  • 2007年12月01日 01時25分 
  • [編集]

 

土方副長さん、こんばんは。

日野は多摩モノレールが開通してから、沿線の開発が進み、のどかだった風景が随分変わったと聞きます。
土方さんの生家の近くの甲州街道バイパスも全線開通したので、ますます開発が進むでしょうね…
でも、今にでも土方さんが現われそうな、浅川沿いの風景は変わってほしくないと思います。

高幡の「池田屋」の看板は一本木関門をイメージしていたのですか!
言われるまで気づきませんでした(汗)
わたしは高幡に行った時は、池田屋ではなく新選組とは全く関係ないお店で食事することが多いです。

わたしは大学時代はあまりまじめに勉強せず、趣味に夢中になっていたので、社会人になってもっとしっかり勉強すればよかったと後悔しきりでした(苦笑)
土方副長さんも、学業を頑張ってくださいね!
  • まやこ 
  • URL 
  • 2007年12月02日 18時10分 
  • [編集]

こんばんは。 

多摩モノレールが開通してからは少しずつ発展して来たと思いますね。
でも、いくら東京でも、緑が多くて川がキレイで静かな所は残すべきですよね。少しだけでも地球温暖化を防止出来れば良いのです。
私のブログに旅行日記で過去ログに日野市での旅を掲載してありますので、もし宜しければ見て下さいね。もちろん、「池田屋」の写真も有ります。
  • 土方副長 
  • URL 
  • 2007年12月04日 21時17分 
  • [編集]

 

土方副長さん、こんばんは。

ブログの写真を拝見しました。
確かに…「池田屋」の入口は一本木関門を意識していますね。
わたしは「池田屋」より、隣りの「Fujiu」というパティスリーで、美味しいケーキを頂く方が好きだったりします。

先程のコメントにも書きましたが、わたしは何度となく日野に行っていて、日野の新選組ゆかりの地はほぼ制覇しました。
今は新選組だけにこだわらず、都内や近郊の幕末ゆかりの地に行く方が多いです。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2007年12月04日 23時56分 
  • [編集]

日野市はもう制覇したんですね。 

私は新選組以外だと、高知県に1度だけ行った事が有るんですが、
坂本龍馬記念館(蝋人形で展示されている)や高知城、桂浜に行ったり、土佐犬に巡り会えたり、土佐くろしお鉄道にちょっと乗ったりしたけれども、すごく良かったです。後免駅という駅が1番印象的でした。
また、新選組とは何にも関係ない、47人討ち入り事件で有名な兵庫県赤穂市に行った事が有りますが、どういう所に行ったのかはちょっと記憶にないので、ごめんなさい。
  • 土方副長 
  • URL 
  • 2007年12月05日 23時49分 
  • [編集]

 

土方副長さん、こんばんは。

わたしは土佐を含めて、四国地方にはまだ足を踏み入れたことがありません。
今やすっかり佐幕派のわたしが土佐に行くことがあるんだろうか、という感じです。

大変申し訳ありませんが、この話題はひとまずここで打ち切らせてください。
記事に関係あるならともかく、直接関係ない話題で、延々とコメントの応酬をしたくないのです。
サイドバーに掲示板を設けましたので、今後は記事に直接ない話題はそちらに書き込んでください。よろしくお願いします。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2007年12月07日 00時20分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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