Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • [No Tag]

雨の中の日野・高幡散策

多くの新選組ファンにとっては総司忌、世間一般では日本対クロアチア戦、わたしのひいきの俳優の舞台の千秋楽の今日、雨が降りしきる中、日野と高幡に行ってきました。
先月(5月)に3回、日野と高幡に行ってますが、今日のレポを書いてみます。

今日のルートは以下の通りです。

井上源三郎資料館の見学(本日のメイン)→石田寺に歳さんの墓参り→高幡の「池田屋」でランチ→高幡不動尊の「新選組歴画展と幕末名士書跡展」鑑賞→あじさいまつりを楽しむ

源さんの資料館には初めて行きました。
あちこちのブログでアットフォームな雰囲気だと伺っていましたが、本当にその通りでした。
井上家ご子孫の館長さんが展示物の説明をしてくださいました。
先週号の「週刊朝日」でも紹介されていましたが、源さんのご実家には源さんが近藤周助から授かった天然理心流の「免許」が残っています。
しかも「免許」の前段階の「切紙」「目録」(先二つは同時に授かったそう)「中極位目録」もありました。
また源さん直筆の手紙や、源さんのお兄さんの松五郎さんの日記、歳さんの松五郎さん宛の手紙など貴重な品々を見ることができました。
本で文書の存在は知っていましたが、いざ実物を見ると彼らが本当に生きていたんだな…と確かな息吹を感じます。

また、コアな新選組ファンならご存知でしょうが、井上家と沖田家は二代続いて姻戚関係にあったのですね。
館長さんは松五郎さんが沖田総司を試衛館に入門させたと仰っていました。
小説やマンガなど史実を基にしたフィクションでは歳さんと沖田総司との関係が強調されていますが、実際には総司は歳さんよりも源さんとの関係が強かったのかもしれないと思いました。
ちなみに現在の井上家のご子孫の方は、鳥羽・伏見の戦いで戦死した源さんの首を持ち帰ろうとしたがかなわなかった、甥の泰助さんのご子孫です。

また、館長さんではないガイドの方から興味深い話を伺いました。
歳さんの資料館に展示されている鉢金についている傷は池田屋事件の時についたことになっているが、実はその前に試し切りした時についたのではないか、ということです。
ガイドさんが手持ちの鉢金に試しに傷をつけようとしたら、かなり力を入れて叩かないと傷がつかなかったそうで、もしも戦闘中に鉢金にあれだけの傷がついたのなら、相当頭に衝撃が走り脳震盪を起こしているはず(つまり戦闘不能)だそうです。
本当のところはどうかわかりませんが、こんな説もあるんだな…と思いました。

源さんの資料館をじっくり見学した後は、石田寺に歳さんのお墓参りに行きました。
こちらもご存知の方も多いでしょうが、歳さんの命日(明治2年5月11日)は西暦では1869年6月20日なのです。(明後日だ~)
湿度がとても高かったので、蒸し暑いのが大の苦手なわたしはそれほど歩いていないのに(多摩モノレールの甲州街道駅から万願寺駅まで、たった一駅分乗ってしまいました)、石田寺に着いた時はバテていました(苦笑)
歳さんもきっと見上げた大木の下でしばらく休憩しました。
先日の歳三忌では、歳さんの墓前には行けなかったので(お墓の脇に設置された焼香台で焼香しました)、今日は墓前でしっかりと手を合わせて、来月箱館に行く予定だと歳さんに報告しました。
歳さんのお墓に手を合わせたら、湿気にやられてバテていたわたしの体が少し軽くなったようでした。

歳三忌の時も今日も一日中雨模様でしたが、不思議なことに歳さんの墓参をする時は雨が止みました。でも、今日はその後は土砂降りでしたが…


石田寺にお墓参りした後は歩きで高幡不動駅前に行きました。
歳三忌の時は今日とは逆に高幡不動駅から石田寺まで歩きましたが、案内役のKさんが道に迷ってしまったので、本来なら15分ぐらいで行けるところが倍かかってしまいました。
でも、今回は念のため地図を持っていったので道に迷わずに済みました。(わたし自身はそれほど方向音痴ではないので)
途中、昔の用水路を生かした遊歩道を通りました。蒸していても緑のトンネルの中を歩くのは気持ちよかったです。

ランチは初めて「池田屋」で食べました。(あの「Fujiu」の隣なんですね)
わたしはもちろん「土方歳三丼」を注文しました(笑)
客層はいかにも新選組ファンな人よりも、高幡不動尊のあじさいまつりを見に来たとおぼしき一般人の方が多かったです。
デザートも気になりましたが、あじさいまつりを見た後は「Fujiu」でケーキを食べることに決めていたので、今回は「池田屋」のデザートはパスしました。

高幡不動尊ではあじさいを横目に「新選組歴画展と幕末名士書跡展」を観に大日堂に行きました。
展覧会自体は歳三忌の講演会の後に見ましたが、この時は数人のグループでざっと見ただけだったので、今日はじっくりと観ました。
わたしが気になった人の書の印象をごく簡単に書いてみます。書の知識がない者の感想として読んでいただければ幸いです。(順不同・敬称略)

勝海舟:あまり上手くないかも^^;
山岡鉄舟:ダイナミックな筆跡ですね~
大鳥圭介:性格を感じさせる繊細な筆跡。わたしは結構好きです。
榎本武揚:書の内容が外国に行った時の印象を書いていると思うのは気のせい?
松本良順:山岡鉄舟に似た大胆な筆跡。きっと豪胆な性格だったんでしょうね。
徳川慶喜:誰よりも品のある筆跡。この方は政治より趣味の世界で花開いたようです。幕末に興味を持って以来、この方に対して印象が悪くなるばかりでしたが、少しだけ印象が良くなりました。

新選組歴画展は黒鉄ヒロシ氏の「新選組」と「京都見廻組」のリトグラフが展示されていました。
「新選組」は購入して読んだので、マンガとの微妙な違いを楽しめました。
黒鉄氏は洋装の歳さんがお好きなのでしょうか。(やけにその絵が多かったので)
その中では大日堂の入口に展示されていた回天、蟠龍、高雄の三隻の艦船をバックにした歳さんのイラストが好きです。

大日堂に安置されている歳さんの位牌に手を合わせた後、外に出たら、雨が大降りになってきました。
わたしはそれでもあじさいを見に境内を散策しました。
あじさいがこんなに群生しているのを見たのは初めてかもしれません。
以前、あじさいまつりを見に行った母によると、高幡不動尊のあじさいは青系中心とのこと、確かにその通りでした。
ところが散策しているうちに、ますます雨脚が強くなってきました。
高幡山内の八十八ヶ所巡拝路にも足を踏み入れてみましたが、かなり足場が悪かったので、途中で断念して普通のあじさい散策路に戻りました。
青い薄紫のあじさいの花に日本の情緒を感じました。

最後に「Fujiu」でアプリコットのケーキを食べて、今日の日野・高幡巡りを締めくくりました。
これからますます蒸して暑くなるので、夏の苦手なわたしには外回り(笑)が厳しくなりそうですが、何とか幕末スポットに足を運んでみたいです。
  • [No Tag]

*Comment

 

おひさしぶりです。私は総司忌のほうに参加しましたよ。あいにくの雨でしたが沢山の人が集まってましたね。さて、私は知り合いに古文書の先生がいますが勝海舟の書はくせがありもっぱら読みづらいという評判です。山岡鉄舟は本当に見事ですね。そして芸術センスは歴代将軍中ナンバー1なのは徳川慶喜ですね。油絵も素晴らしく書においては現在の専門の書道家先生も絶賛してました。(静岡新聞連載記事素顔の徳川慶喜より)徳川慶喜については小説、物語より専門の幕末政治研究本を読んだほうが理解しやすいですね。
  • 毅 
  • URL 
  • 2006年06月21日 18時42分 
  • [編集]

 

まやこさん
高幡ではニアミスのようでした~私はその日、高幡にいたのはほんの2時間くらいで、千駄ヶ谷の史跡巡りに行ってしまったのでした。。
慶喜公の書は大変立派な作品で、拙宅でも書きましたが「こんな立派な字を書ける人が何故・・・(モゴモゴ)」と思ってしまいました(汗)
また散策で訪れたいですね。来月は土用丑の日、「牛額草」の刈り取りの日ですよ!
  • ままこっち 
  • URL 
  • 2006年06月21日 21時19分 
  • [編集]

 

>毅さん
総司忌に行かれたのですね。こちらは歳三忌よりも更に女性が多く参加していると聞いています。
ところで、勝海舟の書は専門家の目から見ても、やはり読みづらいのですね^^;
慶喜公が写真に凝っていたことは知っていましたが、油絵も描いていたとは初耳です。(聞いたこことがあるような気もしますが…)
書も見事だったこの方は自分の趣味においてはマルチプレイヤーだったのですね。
でも、政治の世界に身を置いていた頃の慶喜公の行動を知るにつれて、この方の判断次第では徳川幕府はもう少し命が長らえたかもしれない、と思うようになりました。
慶喜公について客観的に書かれた幕末政治研究本を教えていただけたら助かります。
>ままこっちさん
わたしは午後になってから高幡に行ったので、ままこっちさんとはすれ違いになってしまいました。
慶喜公の書を見た時の感想は、わたしもままこっちさんと同じです。
幕末に興味がなかった頃の方が慶喜公に対する印象が良かったです(苦笑)
「牛額草」の刈り取り、面白そうですね!
本文にも書きましたが、わたしは夏の暑さが大の苦手ですが、もしも浅川であるなら参加したいです。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2006年06月21日 22時33分 
  • [編集]

 

私、静岡の郷土史調べている関係で慶喜公に凄く興味を持ちましたが、名前は有名ですがはたして慶喜公の政治的活動を語る時、小説家や評論家あたりではほとんどまともな考察が出来てないのも現状ですね。そこで歴史学に基づいた史実による十分な考察を行う専門の歴史研究家の本は必要不可欠であります。そこで私が推奨する本は
家近良樹著「幕末政治と倒幕運動」(吉川弘文館)
家近良樹著「孝明天皇と一会桑」(文春新書)
佐々木克著「幕末の天皇・明治の天皇」(講談社学術文庫)
久住真也著「長州戦争と徳川将軍」(岩田書院)
明治維新史学会編「幕藩権力と明治維新」(吉川弘文館)          よかったらぜひ読んでみてください。
  • 毅 
  • URL 
  • 2006年06月22日 20時09分 
  • [編集]

 

>毅さん
慶喜公の政治的活動について書かれた本をご紹介いただきありがとうございます。
「孝明天皇と一会桑」は図書館で背表紙のタイトルを見て気になっていました。
毅さんのお墨付きなら、いずれ読んでみようと思います。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2006年06月22日 22時49分 
  • [編集]

コメントの投稿

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

*Trackback

トラックバックURL
http://regimenth.blog55.fc2.com/tb.php/17-de112a57

ご案内

プロフィール

まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

もし記事の内容に間違いを見つけましたら、鍵付コメントか下のメールフォームにてご指摘ください。
本文に全く関係のないコメント・トラバは見つけ次第即削除します。
WEB拍手のコメント返しは、拍手をいただいた記事につけます。

結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

ブログランキングに参加中!

↓一日一押しお願いします♪

にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へ

日々のつぶやき

最近の記事

月別アーカイブ

西暦をクリックすると、その年の月別リストが表示されます。

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。