Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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榎本武揚百回忌(その2)

榎本武揚百回忌(その1)からの続きです。

法要の後、休憩を挟んで、作家の童門冬二氏の講演が行われました。
内容は武揚さん自身より、武揚さんの思想に関することが中心でした。
多分、童門氏は武揚さん自身について深くは知らないようです。(でも、武揚さんについての著作があると聞いたことがあるんですが、気のせい?)
ご本人もわかっていらっしゃるようで、冒頭と最後に「どうもすみません」と寒いギャグまじりで参加者に謝っていました(苦笑)
どうやら隆充氏が童門氏にご依頼されたようでしたが、個人的には佐々木譲氏(『武揚伝』の著者)に講演していただきたかったです。
でも、童門氏の話も武揚さんの法要の席で話されたものと思わなければ、うなずけるところが多かったです。
『武揚さんはどんな角度からアプローチしても応えてくれる』(←本当は童門氏独特の表現で話されていましたが、大意は左記の通りです)
本当にその通りだと思います。

講演会の終了後、引き出物をいただきました。
榎本武揚百回忌は榎本家と、武揚さんが学祖の東京農業大(以下東京農大)の共催なので、引き出物は東京農大プロデュースのカムカムドリンクでした(笑)(あるゆさんによると、東京農大一押しらしいです)
あとは合田一道氏(『大君の刀』の著者)執筆の榎本さんの記事が掲載された北海道新聞でした。

それから「偲ぶ会」の会場のある霞ヶ関に移動しました。
霞ヶ関は地下鉄では何度となく通っていますが、駅の外に出たのは初めてです。
予想はしてましたが、土曜日の霞ヶ関は閑散としていました。(お茶する場所を探すのに一苦労…^^;)
今は官庁が建ち並んでいるこの界隈は昔は大名屋敷が建ち並んでいたんだよな…と思いながら、歩いてみました。
偲ぶ会の会場、霞会館のある霞が関ビルは日向延岡藩・内藤家の上屋敷だったそうです。

霞会館は戦前は「華族会館」と呼ばれていたので、華族とは縁のない一般人のわたしがここに入れるのは、この機会しかないと思いました。
受付では名札(もちろん自分の本名)を交付してもらいましたが、偶然にもわたしの名札が黒田清隆のご子孫の近くに置いてあったので、妙にドキドキしました。(でも、黒田さんのご子孫は会場ではお見かけできませんでした)
以下の写真は霞会館の入口にあった偲ぶ会の案内板です。
榎本武揚を偲ぶ会@霞会館

偲ぶ会は予定より遅れて始まりました。
まずは東京農大の理事長と、隆充氏(洋装に着替えていました)、メキシコ大使館の書記官の方のご挨拶がありました。
農大の理事長は「榎本武揚は東京農大の学祖です」と強調されていました。
武揚さんが設立した東京農大の前身の育英黌が経営不振で閉鎖されたからだと思うのですが…
挨拶の後の歓談の途中でも、何人か壇上で挨拶されましたが、ほとんどの方が「たけあき」ではなく「ぶよう」と呼んでいました。
農大理事長は「『たけあき』より『ぶよう』の呼び方の方が気に入っている」と仰っていました。
某十五代将軍を「よしのぶ」ではなく「けいき」と呼ぶ方をしばしばお見受けしますが、某十五代将軍に限らず、昔は偉い人?の下の名前を音読みするのが一般的だったようです。
武揚さんの葬儀について書かれた当時の新聞記事で「武揚」に「ぶよう」、別の記事に名前だけ出ている「慶喜」には「けいき」とルビがふってありました。(昔の新聞はすべての漢字にルビがふってありました)
話を元に戻して…隆充氏は以前講演か何かで曽祖父を「ぶよう」と呼んだら「舞踊」と勘違いされ、「踊りの方ですか?」と言われたそうで(爆)、それ以来「たけあき」と呼んでいるそうです。
でも、隆充氏ご自身は「ぶよう」の方が気に入っているようです。
一人ぐらい「釜次郎」と呼ぶ人がいたら面白かったんですが…(笑)
わたしが今回は「武揚(ぶよう)さん」とお呼びしているのは、上に書いた事情からです。

司会の方が「それでは榎本武揚の思い出を語りながらご歓談を」と言ったので、会場で笑いが起きました。
武揚さんとの思い出って…ここに来ている人はみんな100歳超えてる?と思ってしまいました。(もちろん冗談です・笑)

会場には武揚さんの遺影が飾られていました。
武揚さんのご遺影

会場は割と明るい雰囲気なのに、携帯で写真を撮ったら、えらく物寂しい雰囲気になってしまいました。
遺影の前に置かれているのはビール(の入ったグラス)です。
会場にサッポロビールは用意されていましたが、ハイネケンのようなオランダのビールは用意されていませんでした。

献杯の後は、お腹がすいていたので、立食パーティー形式で用意された料理を頂きました。
東京會舘からケータリングが来ていたので、東京會舘のお料理なら美味しいだろうと思っていたら(以前に二度ほど、ご贔屓の俳優さんがらみの催しで東京會舘で食事したことがあります)、その期待を裏切らず、わたしが頂いたお料理はどれも外れなしでした。
メニューの一部の写真があるゆさんのブログにアップされています。

お酒は武揚さんを偲ぶならビールを飲むべきなのでしょうが、わたしは日本で一般的なタイプのビールが苦手なので(ギネスのような黒ビールは大好きですが)、ワインを飲んでドロンケンになってしまいました(笑)

上にも書いたように、参加者は名札をつけていたので、この人は多分、武揚さんと縁のあったある人のご子孫なんだろうなと察することができましたが、わたしは小心者なので、一般人がいきなり話しかけていいんだろうかと思い、自分から話しかけることができませんでした。
この会場で佐々木譲氏をお見かけしたので、「『武揚伝』を読んで、榎本武揚のファンになりました」と佐々木氏に声をかけようかと思いましたが、それもできませんでした。
なので、あるゆさんが武揚さんの五代目(隆充氏の息子さん)に話しかけていたのを見て、やるな…と思いました。

そうしたら、Hさん(あるゆさんの知人)が松本良順先生と赤松(則良)さんのご子孫にあたる方に、わたしとあるゆさんを引き合わせてくれました。
順天堂関係者の佐藤さんと仰る方で、わたしとあるゆさんを見て「若い子が来た」と歓迎してくれました。あるゆさんはお若いですが、わたしはお世辞にも若いとは言えない年なので恐縮してしまいました。
佐藤さんはとても気さくな方で、咸臨丸子孫の会でも活躍中の小杉雅之進(『麥叢録(ばくそうろく)』の作者)のご子孫と、赤松家の現当主、咸臨丸子孫の会の会長さんにわたしたちを引き合わせてくれました。
ここには書きませんが、子孫ならではの興味深い話を色々と伺うことができました。
今、レポを書いていて、今年、小杉さんがブリュネの子孫と対面された時の話を聞けばよかった…と思いましたが、あの時のわたしはドロンケンだったので、そこまで気が回りませんでした(汗)
武揚さんと縁のあった人たちのご子孫と引き合わせてくださったHさんに感謝します。

偲ぶ会の最後は、幕末史研究会の方の挨拶で締めくくられました。
今年は仏式で百回忌でしたが、来年は神道では百年祭なので、武揚さんが街の発展にかかわった小樽と、函館で武揚さんに関する展示を行うそうです。
そのため、現在、靖国神社内の遊就館にある某十五代将軍から拝領の武揚さんの軍服は蝦夷地に貸し出されるそうです。
来年は小樽では上記の展示の他にも、武揚さん関連の催しが行われるらしいので、ぜひ小樽に行きたいです。
江戸っ子の釜さんらしく三本締めで、偲ぶ会は締めくくられました。
帰り際、武揚さんの遺影を囲むように飾られていた花が女性の参加者に花束として配られました。
偲ぶ会から一週間近く経った今でも、お花はわたしの部屋で元気に咲いています。

偲ぶ会の後は、まちさんと合流して虎ノ門の居酒屋で「榎本さんを語る会」と称して、まちさんに法要と講演会、偲ぶ会の報告をしたり、榎本さんについてもろもろ語りました。
来年は小樽も行きたいけど、オランダにも行きたいという話になりました。
わたしはこの2年欧羅巴に行っていないので、来年こそは行きたいと思っています。
あるゆさん、まちさん、来年はぜひオランダに行きましょう!(本気ですよ~!)

北海道新聞の記事によると、榎本武揚百回忌は「当初は身内だけで行う考えだったが、参列希望者が多かったため、一般も参加できるようにした」そうです。
本来なら身内しか参列できない法要に、わたしのような一武揚さんファンを参列できるようにしてくださった、榎本家の寛大なお心に感謝いたします。

長文レポを読んでいただき、ありがとうございました。
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*Comment

 

とても素晴らしいレポありがとうございました。拍手のコメントの方もご覧下さい。
  • 香音里 
  • URL 
  • 2007年10月27日 00時53分 
  • [編集]

 

>香音里さん
今回のレポを楽しんでいただけたようで、力を入れて書いた甲斐がありました。
また、記事を香音里さんのブログで紹介していただき、ありがとうございました。
  • まやこ 
  • URL 
  • 2007年10月27日 22時47分 
  • [編集]

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榎本武揚百回忌 於吉祥寺

参加させていただきましたv(^∀^)すごく歴史的な行事に参加することができたと感慨深く思っています。本来、うちらみたいなファンが参加しちゃいけないような行事で、とっても身内の、ご家系の方々がたくさん

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プロフィール

まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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