Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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榎本武揚百回忌(その1)

十月二十日に駒込吉祥寺で催された、榎本武揚百回忌に参列してまいりました。
いつもながら、当日より数日遅れの報告です。
香音里さん、お待たせしてしまい、申し訳ありません。

わたしは法要及び講演会、そして偲ぶ会に参加いたしました。
偲ぶ会は会費が高いので、初めのうちは参加を迷っていましたが、こういう機会はめったにないと思ったので、思い切って申し込みました。
偲ぶ会まで、あるゆさんと一緒で心強かったです。

法要の前に、文京区にある箱館戦争関係者のお墓(甲賀源吾・松平太郎・今井信郎・田村銀之助)をあるゆさんの知人、Hさんに案内していただいてから、駒込吉祥寺に向かいました。

駒込吉祥寺は午前中に廻ったどのお寺よりも規模が大きかったです。
まず、榎本夫妻の墓所にお参りしました。
幕末の世界に興味を持って以来、すっかり墓マイラーになってしまったわたしですが、武揚さん(※)のお墓にお参りしたのはこの日が初めてです(汗)
いつもは墓所に入れないそうですが、この日は墓所の入口が開けられ、墓前に参拝することができました。
ファンにもかかわらず、この日までお墓参りしなかった非礼を詫びつつ、武揚さんの墓前に手を合わせました。
駒込吉祥寺には武揚さんだけでなく、幕末維新の著名人が何人も眠っていますが、武揚さんのお姉さま(観月院)と、オランダに共に留学し、後に義兄弟になった赤松則良(大三郎)のお墓に手を合わせてました。

(※)いつもは「釜さん」となれなれしく呼んでいますが、このレポではあえて「武揚(ぶよう)さん」とお呼びします。(その理由は後述します)

以下の写真は吉祥寺本堂前の受付です。
この日はデジカメを持参せず、ケータイで写真を撮りました。
そのため、鮮明な画像の写真はありません。雰囲気を感じていただけたら幸いです。
榎本武揚百回忌受付@駒込吉祥寺

受付を済ませてから、お寺の中に入ると、控室に横文字の掛軸が飾られているのが目に入りました。
もしや…と思ったら、やはり武揚さんの筆によるもので、蘭語と英語まじりの文だ、と係りの方?が説明してくれました。
でも、親族の控室にかけられているので、一般人のわたしがこの部屋に入って見ていいんだろうかと躊躇していたら、あるゆさんが掛軸について説明してくれた人に、部屋に入って掛軸を見ていいか尋ねてくれました。
そしたら、あっさり許可してもらえたので、近くで横文字の掛軸を見ることができました。
「榎本釜次郎」のサイン入り蘭語の掛軸

わたしが見た限りでは全文蘭語だ思われますが、筆記体で書かれている上、蘭語の素養のない身では何と書いているかさっぱりわかりませんでした(泣)
ちなみに「Enomoto Kamadiro」と署名されています。
また、控室には武揚さん作の漢詩(七言絶句)の掛軸もありました。

わたしのような一般人には控室がないので、本堂で法要が始まるのを待ちました。
仏壇の中央には礼服姿の晩年の武揚さんの遺影が飾られ、その周りを榎本家及び関係者による仏花を囲んでいました。
卒塔婆に書かれていた武揚さんの戒名は「掣海院殿維揚梁川大居士」でした。
武揚さんらしい戒名なと思いましたが、後で受付の際にもらった武揚さんの葬儀の新聞記事に載っている戒名と微妙に違っているのに気づきました。
駒込吉祥寺の門前で「榎本武揚百回忌」の看板を見たときから感じていましたが、本堂の飾りつけを見て、こういう法要が行われることが、この世で生きていた証の一つだと、ぐっと胸に迫るものを感じました。
何しろ、わたしは2000年以上前に活躍した、お墓すら残っていない、ほとんど二次元に等しい歴史上の人物のファンでもあるので、100年前に亡くなった方の法要はとてもリアルに感じられるのです。

そして、法要が始まりました。
事前にあるゆさんから法要に250人くらい参加するらしいと聞いていましたが、本堂後方の一般人席に空席がちらほらあったぐらいで、ほとんど席が埋まっていました。(ちなみに椅子席でした)
焼香の際に前方の席に座っていた方が何人か紹介されました。
武揚さんがかかわったメキシコ殖民つながりでメキシコ大使館の人が来賓?としていらしていたのが、国際派の武揚さんらしいと思いました。
また、武揚さんと関係の深い小樽の神社の宮司さんのきりっとした佇まいが印象的でした。
武揚さんと関わりのあった人の子孫や血縁の方は何人もいらしていましたが、この時紹介されたのは土方さんに繋がる方だけでした。
後方の一般人席には、新選組関連の催しや集まりでよく見かける方が何人もいました。(どうしてこの人が榎本さんの法要に?と思ってしまう人も^^;)
そうこうしているうちに、焼香の順番が来たので、武揚さんの御霊前に焼香しました。
参列者全員の焼香が終わった後、榎本隆充氏(以下隆充氏)の御挨拶がありました。
紋付袴姿の隆充氏が登場した途端、カメラのフラッシュの嵐でした。
隆充氏はメキシコ大使館からの来賓を改めて紹介され、吉祥寺でも百回忌はめったに行われないと仰っていました。

榎本武揚百回忌(その2)に続きます。
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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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