Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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蝦夷軍議レポ

先週の土曜日(6日)に契さん・まちさん・八汐神之助さん主催の第一回蝦夷共和国関東支部軍議こと蝦夷軍議(オフ会)に参加しました。
総参加人数が何と25名です!
何度となくオフ会に参加したり、自分でも主催したことがありますが、これだけ大人数のオフ会に参加したのは初めてです。

東京駅近くの割烹でお昼をいただいてから、都内の幕末関連周防ポットや史跡巡りをした後、上野広小路のお店で宴会し、最後はカラオケボックスでスケブ大会、という非常に充実して濃い内容の軍議でした。
下の写真は史跡巡りで行った浜離宮です。
庭園と「中島の御茶屋」、背後のビル群、そして鏡のような池に映るビルが不思議に調和しているように思えます。
浜御殿(浜離宮)と高層ビル群

軍議当日のスケジュールをもう少し詳しく書いてみます。

東京駅そばの割烹「嶋村」で『幕末会席でお昼を頂く→深川江戸資料館見学→浜御殿(浜離宮)散策→水上バスで浅草へ→南千住の円通寺に墓参(ここまで第一部)→上野広小路のお店で宴会(第二部)→上野のカラオケボックスでスケブ描き大会(第三部)

「嶋村」に着いてから、まず自己紹介がありました。
でも、史跡巡りに参加する人だけでも20人近くいたので、参加者の方の顔を覚えるのが精一杯でした(汗)(もちろん軍議のしおりに掲載された参加者一覧は見ましたが…)
わたしは昔は人見知りでしたが、趣味の集まりだと妙に積極的になります(笑)
今回の軍議でも隣りの席になった人だけでなく、色んな人に声をかけてみました。

『幕末会席』は幕末の頃の料理を再現したメニューです。
割烹料理は量が少ないと思ってましたが、お店の人が「女性には量が多い」と仰っていた通り、ボリュームがありました。
特に鯛かぶと煮の大きさには驚きました。
でも、わたしは完食しました…何か?(笑)

それから大手町駅から半蔵門線に乗り、清澄白河にある深川江戸資料館に行きました。
ここに行くのは丸一年ぶりです。
前に行った時は幕末(というより歴史)に興味のない友人と一緒にまったり見ましたが(その時のレポはこちら)、幕末ワールドが大好きな人たちと一緒に見ると、新たな発見がありました。
参加者に幕末同人界で活動されたり、イラスト描きの方が多いので、「資料になる~!」と積極的に写真を撮影されていました。
また、褌が干してある長屋の物干し竿の前で褌談義ができて楽しかったです(笑)
(『長州ファイブ』では某俊輔が英国滞在中でもズボンの下に六尺褌巻いてましたね^^;)

それから都営大江戸線で汐留まで移動し、浜離宮に行きました。
江戸時代は「浜御殿」と呼ばれた徳川将軍家の庭園で、ここに来たのは初めてです。
天気が良かったのもあって、外国人観光客も含めてかなり人が訪れていました。
本当は「中島の御茶屋」でお抹茶を頂く予定でしたが、混んでいたのでしばらく休憩してから、「将軍お上がり場」に行きました。
ここは鳥羽・伏見の戦いの際、松平容保公らを無理やり道連れにし、艦長の榎本釜さんが上陸している隙に、副艦長の澤太郎左衛門さんに無理言って、大坂の天保山沖に停泊していた開陽丸で逃げ帰った十五代将軍が降り立った場所です。
(十五代将軍贔屓の皆様申し訳ありません。でもこの一件はどうしても許せないので…)
ここに、あの開陽丸が碇を下ろしたのか…と思うと感慨深いものがありました。
その思いは、軍議に参加された方は皆同じようでした。
わたしは開陽のことを思うたびに切なくなり、「何て不憫な子…」と思います。
その思いは普段は胸にしまってあって、このブログでしか書くことがしかできませんが、軍議では思う存分語ることができました。

蝦夷軍議参加メンバーが将軍お上がり場についた時は、船着場の階段にカップルが腰を下ろしていて、内心「邪魔だからどいてくれ~」と思いました。(きっとメンバー全員がそう思っていたでしょう)
下の写真は水上バスの上から撮った将軍お上がり場です。
将軍お上がり場

それから浜離宮から水上バスに乗って、隅田川をさかのぼり浅草に向かいました。
東京ビッグサイト→日の出桟橋の水上バスは某イベント帰りに何度となく乗りましたが、隅田川をさかのぼるルートに乗ったのは久しぶりです。
船べりからあわ立つ波頭を見ながら、開陽丸で蝦夷に向かった釜さんたちもこんな波を見ていたんだろうかと、物思いにふけったりしました。
下の写真は形が気に入って撮った、清洲橋です。
清洲橋

久しぶりに降り立った浅草はまるで異世界のようでした。
仲見世はお祭りでもないのに人出が多く、通り抜けるのに一苦労でした。
時間があったら、本堂にお参りしたり、仲見世のお店をひやかしたりしたかったです。
それから初めてつくばエクスプレスに乗って南千住まで行きました。(浅草から一駅です(笑)

蝦夷共和国好きにとって、南千住と言えば円通寺です。
円通寺には8月の頭に猛暑の中、お参りしました。(その時のレポはこちら
南千住に着いた時はとっぷりと日が暮れ、追悼碑エリアには灯りがないので石碑の文字がほとんど見えなかったので、先に一人でお参りしておいてよかったと思いました。
でも、同志の方と一緒に行って、境内に釜さんが書いた寺号額があることや、マツタロ(松平太郎)さんのお墓は別の場所にちゃんとあるのを知りました。

それから、日比谷線で上野広小路に移動して、第二部の会場に向かいました。
上野広小路には歳さんが奉公した上野松坂屋(デパート)があります♪
ここで第二部から参加の方と合流したので、再び自己紹介しました。
参加者が25名で(!)、1部屋まるまる貸切にしてくださったので、何の気兼ねなく話すことができました(『嶋村』でもそうでしたが)。
この店ではアルコールを注文しませんでしたが、アルコールなしでもえらくハイテンションでした(笑)
第二部では以前からずっとお目にかかりたいと思っていた「アナクロ」のそらさんと初めてお目にかかれてうれしかったです

宴会の途中でくじ引き形式で参加記念品が配られました。
わたしは釜さんの写真入り時計を頂きました(^^)v
記念品は他に星恂太郎と野村理三郎(←名前、間違ってるかも^^;)の名前入りの日本酒、陸軍主要メンバーの名前入りの鉛筆、陸軍・海軍・伝習隊の主要メンバーの名前入りマウスパットといった、オリジナルグッズがあり、幹事の皆さんのこだわりに頭が下がりました。
わたしがもらった釜さんの時計は、早速自宅で使っています。

第二部終了後、近くのカラオケボックスに移動しました。
第二部では談話を楽しむため、スケブ描きは遠慮してくださいとお達しが出ていたので、第三部ではスケブ描き大会になりました。
わたしも下手ながら歳さんを描かせていただきましたが、人のスケブに描くのは久しぶりな上、歳さんをスケブに描くのは初めてだったので、ものすごく緊張してしまいました。(リクエストしてくださった方、ありがとうございます!)
わたしの隣の席にいらした楽助さんはイラストを一発描きされていたので、すごいな~と思いながら見ていました。
また、「マッチ」のまちさんにダンディーな榎本さん、あるゆさんに歳さんのイラストを描いていただき、ホクホクでした
でも、スケブを描くだけでなく、歌ったりする人もいました。
もっとも歌うのは普通の歌ではなく、蝦夷共和国メンバーのイメージソング(と思っている歌)や替え歌でした(笑)
「TRAIN-TRAIN」の開陽丸バージョンは最高でした!

前にも書きましたが、これまで新選組及び歳さんファンには何度となくお目にかかってきましたが、蝦夷共和国メンバー(チーム箱館)のファンとお目にかかる機会はほとんどなかったので、大勢のチーム箱館ファンと彼らへの思いを共有する時間を持つことができて、心より幸せでした。
参加者の大半がご自分のサイトやブログをお持ちのようなので、今度もネットを通して、交流できたらと思っています。

最後になりましたが、幹事の八汐さん、まちさん、契さん、このようにチーム箱館ファンが集う機会を設けてくださって、本当にありがとうございました。
そして、お疲れ様でした!
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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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