Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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横濱散策(その1)

20070826230040
横濱の幕末・開港関連の展示のある博物館や史跡巡りをしてきました。
上の画像は横浜市開港記念会館内にあるポーハタン号のステンドグラスです。
今、横濱のあるホテルに滞在中なので、詳しくは後ほど…

この先は例によって、PCからの投稿です。

8月26日から27日にかけて、横濱で歴史散策してました。
横濱は自宅から十分日帰りできますが、あえて1泊しました。

わたしは冬生まれゆえ夏の暑さが大の苦手にもかかわらず、自宅にクーラーをつけていません。
扇風機と自然の風を頼りに猛暑をしのいできましたが、寝苦しい夜が続いたので、一晩ぐらい涼しいところで寝たい!と思い、シティホテルに1泊することにしました。
お江戸にはシティホテルがたくさんありますが、どうせならちょっとした旅気分を味わいたかったので、横濱にしました。
横濱は幕末(というより開国)関連の史跡や博物館があるので、歴史散策もできて、わたしのバカンスにピッタリです(笑)

横濱では幕末とあまり関係ない場所にも行ったので、ここでは幕末及び開国に関係ある所を中心に紹介します。

◇横浜開港資料館
日米和親条約が締結された歴史的な場所にあります。
資料館の中庭にある「たまくす」の木は、嘉永7年(1854年)にペリーが再来日し、横浜に上陸した時からすでにあったそうです。
幕末末期の大火と関東大震災で二度焼けたそうですが、それでも再び芽吹き、今なお葉を茂らせています。
背後の建物は資料館旧舘、旧英国総領事館です。
横浜の歴史の生き証人・たまくすの木

新館にある展示室は何と空調が故障中でした。
事前にHPを見て承知はしていて、室内は扇風機がフル稼働してましたが、それでも暑く、見ているうちに頭がボンヤリしてきました。(中庭の方が風通しが良くて涼しい!)
1階の横濱の開港前後に関する展示はオリジナルの資料より、複製やパネルでの展示が多かったです。
複製でも、日修好通商条約の締結に関わった日本人たちの写真はじっくり見ました。
この写真には、はな。さんのブログでよく取り上げられている岩瀬忠震と永井尚志が写っています。
岩瀬さんの写真を見たのは初めてでした。(写真そのものはピンボケです^^;)
加茂氏の『榎本武揚』で、箱館戦争の後、榎本さんと共に牢獄に入れられた永井さんの件を読んだばかりだったので、永井さんは日英修好通商条約締結から11年後に、箱館戦争の首謀者・朝敵として牢獄に入れられるとは思ってもいなかっただろうな…と写真を見ながら思いました。

2階の展示室では開港を機に「横濱ではじまったもの」が色々と紹介されていました。
その中でわたしの目を引いたのは石鹸です。
石鹸本体、石鹸の型、石鹸のラベルが展示されていました。
明治初期の石鹸と言うと、獄中で石鹸の製造法を書いた榎本釜さんを思い出しますが、横浜で初めて製造された国産石鹸には残念ながら釜さんは関わっていません。
ただ今、石鹸ライフ中のわたしには、明治初期の石鹸の材料が気になります(笑)

また、開港とは直接関係ありませんが、ある写真が印象に残りました。
1923年(大正12年)9月1日─関東大震災の発生直前と直後に横濱の大桟橋からバンクーバーに出航するエンプレス・オブ・オーストラリア号の船上から撮影されたものです。
大地震発生直前の写真には、今ほどなくても、きっと暑かったであろうお昼時のまったりとした空気が感じられる横濱の港と街並が写っています。
その光景が、午前11時58分に発生した大地震で一変してしまいました。
東京だけでなく、横濱も大震災で大きな被害を受けました。
大地震発生直後に撮影された写真には、一瞬にして壊れた大桟橋が写っています。
2枚の写真は開港資料館のサイトで見ることができます。
なお、エンプレス・オブ・オーストラリア号は出航を取りやめ、大地震で被害にあった人々の救援に協力したそうです。

展示室を一通り見た後、地下1階にある閲覧室に行ってみました。
展示室同様閲覧室も空調が故障していたので、ただでさえ暑さに弱いわたしには長居できませんでした。
こちらでは横浜の歴史に関する資料のオリジナルを閲覧できるので(詳しい内容はこちら)、どんな資料が閲覧できるのかもっと吟味してから、閲覧室にリベンジをかけたいです。

◇横浜市開港記念会館
明治42年(1914年)に横浜開港50周年を記念して建設されました。(竣工は大正6年)
横浜市開港記念会館(ジャックの塔)

横浜に今も残る洋館の多くは、関東大震災後に建てられているので、時代を反映して割とシンプルなデザインのものが多いように見受けられますが、この開港記念会館は震災前に建てられたので、外壁が赤レンガで重厚な雰囲気が漂っています。
開港記念会館も震災で被害を受けましたが、建設当時と同じスタッフにより再建されました。
クラシカルな内装もよく保存されています。
ここでは洋館好きの血が騒いで、建物の外観も内装も何枚も写真を撮りました。
横浜市開港記念会館・外観

建物の入口の上部です。一見、まるで巴里のヴォージュ広場を囲んでいる赤レンガ造りの建物のようですが、アーチの上部をよく見ると「開港記念横濱会館」の文字があります。

横浜市開港記念会館・資料展示室

こちらは資料展示室の天井です。
開港記念会館は現役の公会堂として使われているので、講堂や会議室が使用中の場合は、室内は見学できません。(ちなみに講堂・会議室は横濱市民以外でも借りられるそうです)
でも、廊下や階段、資料展示室は自由に見学できます。
ポーハタン号のステンドグラスは2階の少し奥まったところにあります。

ご存知の方も多いでしょうが、開港記念会館の時計塔は横浜港に入港する船員から「ジャック」と呼ばれています。
ちなみに神奈川県庁本館の塔が「キング」、横浜税関の塔が「クイーン」で、トランプの三塔です。

「キング」はこちらです。(某都庁とえらい違い…)
横浜県庁本館(キングの塔)

「クイーン」はこちらです。(夕暮れ時に撮影した、個人的にお気に入りの一枚)
横浜税関(クイーンの塔)

例によって記事が長くなったので、横濱散策(その2)に続きます。
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*Comment

横浜市開港記念会館 

こんにちは、お邪魔します。
ポーハタン号のステンドグラス…こうしてみるとやっぱり綺麗ですね。写真を見てもう一度きちんとこの目で拝みに行こうと改めて決意しました。
横浜散策レポート、楽しみにしてます。楽しんできてくださいませ~。
お邪魔しました。
  • 黒船ポーハタン 
  • URL 
  • 2007年08月27日 21時18分 
  • [編集]

 

>黒船ポーハタンさん
横濱散策にあたって、黒船ポーハタンさんのブログを参考にさせていただきました。
ポーハタン号のステンドグラス、本当に綺麗でしたよ。
ぜひ、リベンジしてくださいね!

横濱は何度か行ったことはありますが、歴史散策のために行ったのは初めてだったので、あちこち見ていて新鮮に感じられました。
横濱レポはぼちぼち上げますので、気長にお待ちくださいませ~
  • まやこ 
  • URL 
  • 2007年08月28日 19時31分 
  • [編集]

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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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