Le régiment H ─ル・レジマン・アッシュ─

台湾・高雄市から土方歳三と榎本武揚を想いつつ、幕末と江戸時代ににまつわる話題を書いています。

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浦賀巡り(その2)

浦賀巡り(その1)からの続きです。

この山頂で勝さんが断食祈願したそうです…

上の画像は後で対岸から撮影した東叶神社(画像中央のお社)と、神社の裏山の明神山です。
神社の裏側から勝さんの断食祈願の場所に通じる道があるので、軽い気持ちで行ってみたら、かなり急勾配の階段が続いていて、日頃運動不足のわたしは途中で息も絶え絶えになってしまいました(苦笑)

山頂には2つ小さなお社があり、「勝海舟断食之跡」という碑がありました。
勝海舟断食の碑

碑の傍らにあった神社による解説板によると「(前略)太平洋航海の一路平安について叶神社の加護を祈念し、併せて自己の精神的肉体的荷重等の克服を謀るため(後略)」とあります。
でも、咸臨丸での航海中、勝さんは艦長でありながら、船酔いでずっと船室で伏せたままだったとか、途中で帰ると言い出したというエピソードを知っている身には、仮に勝さんが本当に断食祈願したとしても、全く効果なし!と思ってしまいます(爆)

山頂には浦賀ドックでの殉職者の碑もあり、その近くからペリー艦隊が錨を下ろした海が一望できます。(勝さん、断食よりこの風景を見てる方が多かったのでは?)
ペリー艦隊はこの左手に停泊したそうです。
ペリー艦隊が錨を下ろした浦賀の海

神社の境内の片隅にある、勝さんが断食祈願の折に水垢離したという井戸を「ホントかよ~」と思いつつ、ざっと見てから東林寺に向かいました。
東林寺には中島三郎助親子の墓所があります。
東浦賀には室町時代に創建されたお寺が5軒あり、東林寺はその一つです。
中島三郎助は明治2年5月16日に、箱館の千代ヶ岡陣屋(台場)で息子の恒太郎、英次郎と共に戦死しました(涙)
箱館に2度行きながら、中島三郎助父子最後之地碑には行ってないので(汗)、箱館でお参り出来なかった分、東林寺のお墓に心をこめて手を合わせてきました。
お墓の画像はこちらです。(正面からは写していません)
もしかしなくても、中島さん親子のお骨はないのかもしれませんが、中島さんの願い通り、浦賀に作られた墓に魂が眠っていると思います。

再び、浦賀の渡し(東渡船場)から渡し舟に乗り、西浦賀に戻りました。
下の画像は東渡船場です。
東の渡し場の近くには、浦賀を訪れた佐久間象山、吉田松陰、桂小五郎が泊まった旅館「徳田屋」の跡がありました。
浦賀の渡し場

西浦賀に戻り、西の渡し場の周りを少々散策してから、愛宕山公園に行きました。
ここには明治24年(1891年)に開園した横須賀市内で一番古い公園で、中島さんの招魂碑があります。
招魂碑に至る道の途中に、咸臨丸出航の碑があります。
シンプルなデザインの碑の裏には、1860年に太平洋を横断して渡米した時に乗船していたメンバーの名前が刻まれています。
咸臨丸出航の碑

わたしが説明するまでもありませんが、中島三郎助招魂碑は中島さんの二十三回忌に建てられたもので、篆額は釜さん@榎本武揚、碑文は田辺太一が書いています。
招魂碑の拓本が浦賀文化センターにあるので、先に拓本を見てから、実物を見た方がいいかもしれません。
突っ込みどころ満載の勝さん断食の碑ほどではありませんが、中島さんの招魂碑も山の上に立ち、想像していた以上に大きかったです。
高幡不動尊にある近藤勇及び土方歳三の顕彰碑ぐらいはあるでしょうか。(青山墓地にはこれらよりもっと大きな明治期の薩長人の顕彰碑がありますが…)
ここには釜さんが書いた篆額部分をアップしてみます。(この画像だと本文も少しは読めるので)
中島三郎助招魂碑

碑の除幕の日に荒井(郁之助)さんが、中島さんと縁の深い浦賀の地に近代的な造船所を作ろうと発案し、釜さんも大賛成したので、浦賀ドックが作られたのですが、浦賀ドックより先に作られた小栗さんゆかりの横須賀造船所内のドックが今なお現役なのに、浦賀ドックが今は稼動していないのは本当に残念です。
そんなことを思いつつ、愛宕山の中腹から浦賀の海を眺めました。

それから、浦賀奉行所の出先機関で、海の関所である船番所跡の説明板をざっと見てから、浦賀奉行所跡に向かいました。
船番所跡の説明板は陸軍桟橋(太平洋戦争が終わった後、南方から引き上げた人たちが日本への第一歩を踏んだ桟橋)のすぐ近くにあるので、海風を肌で感じることができました。(眺めも素晴らしいです~)

浦賀奉行所のあった場所は今では住友重機械工業の社宅になっていますが、内陸に入った昔からの住宅街の中にあるので、今回の浦賀巡りにあたって、ネットからDLした浦賀の地図を持っていったにもかかわらず、少し道に迷ってしまいました。(わたしは方向音痴でないはずなのに…^^;)
そこまでして行った奉行所跡ですが、今そこに建っているのはかなり古い団地(きっと昭和30年代から40年代前半に建てられたんでしょう)なので、説明板を撮影するに留めました。

かつて、浦賀奉行所を挟んで東西に奉行所の与力・同心の家が建っていました。
浦賀文化センターの展示室に、奉行所周辺の居住図(幕末期と現在)が掲げられていて、中島さん宅も載っていました。
現在の住宅地図と昔の奉行所周辺の居住図を比較してみると、昔の与力・同心の家が建っていた区画は今でもほとんどそっくり残っています。
中島さん宅があった場所には、現在は普通の居宅が建っています。

陸軍桟橋と道路を挟んで向かいにある、浦賀病院の前でタクシーを拾って久里浜のペリー公園に向かいました。お目当ては公園内のペリー記念館です。
浦賀奉行所跡に行く前に、ペリー記念館に電話して閉館時間を確認したら午後4時半で閉めるとのこと。
ところが浦賀奉行所跡に行く道中でコンビ二に寄ったり、住宅街で奉行所跡を探して道に迷ってしまったので(汗)、時間をロスしてしまったので、タクシーに乗ったのは4時を軽く回っていました。
でも、道がすいていたので、10分もしないうちに久里浜に着きました。(浦賀公園→久里浜のペリー公園まではタクシーで840円でした)

ペリー公園の中央に立つ、ペリー上陸記念碑を横目に公園の一角にある記念館に滑り込みました。
ペリー上陸記念碑の碑文は伊藤博文が書いていますが、裏側はこうなっています。
久里浜のペリー上陸記念碑

記念館の入口ではペリーと、ペリー来航時の浦賀奉行・戸田伊豆守の胸像が出迎えてくれます。
閉館間際だったのでゆっくり展示は見られませんでしたが、その中では黒船来航とは関係ない、ペリーが家族に宛てた手紙が印象に残りました。
日本人によってものすごい形相に描かれてしまったペリーですが、家庭では良き父親だったようです。

久里浜の海岸は、ペリーの上陸図を見る限りでは弓なりの広い砂浜だったようですが、今では一部が埋め立てられて発電所や東京湾フェリーの船着場が出来ているので、幕末の頃に比べると砂浜は小さくなっています。
浦賀は山が海岸線の近くまで迫っていて、海岸沿いに広い土地がないので、ペリー艦隊は広い砂浜のある久里浜に上陸したんでしょうね。
砂浜のある海に来たのは久しぶりだったので、打ち返す波と戯れてしまいました(笑)

そして、久里浜を後にし、途中休憩を挟みながら、武州多摩郡への我が家へ帰途につきました。

浦賀はままこっちさんの仰る通り、本当に「中島三郎助な街」でした。
移り住んでもいいかも…という思いが沸き上がってくるほど、浦賀が気に入りました。
幕末ファンなら浦賀は一度は行って見ることをお勧めします。
5月12日(土)・13日(日)に浦賀ドックこと住友重機械工業(株)浦賀工場で「第9回咸臨丸フェスティバル」が開催されるので、ご興味のある方はこの機会に行ってみてはいかがでしょうか。
この日は普段は入れないドックも見学できるそうです。
わたしはこの2日間は日野・高幡に行くつもりです(笑)
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まやこ

Author:まやこ
2月27日生まれのうお座・AB型

舞台や展覧会を観るのが好きで、仏蘭西と西洋史をこよなく愛する歴女です。(や○い・BLは好きではないので、腐女子ではないようです(笑)

2006年の元旦に「新選組!!土方歳三最期の一日」を見たのがきっかけで新選組副長、土方歳三のファンになり、幕末の世界に足を踏み入れ、全身どっぷり漬かっています。
土方歳三だけでなく、榎本釜次郎武揚、小栗上野介忠順、中島三郎助も贔屓にしています。
彼らの足跡を追って、山の奥や海の彼方にも行きました。

ブログのタイトルは仏蘭西語です。意味と由来はこちらをご覧ください。

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結婚に伴い、長年住んでいた武州多摩郡某村(甲州道中沿い)から武州久良岐郡(横浜市南部)に引っ越したが、2014年6月に夫の仕事の都合で台湾南部の高雄市に住むことになりました。

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